うつくしき貨物を運べば共犯者なり

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「大脱走」番外編2、進捗だめです
「大脱走」番外編2、進捗いまいちです
月刊誌「海員」とか読めばいいのかなとは…
「空気」「雰囲気」ばかりは世相や生活から知るしかない
とはいえ「史料がない」わけではないので、コツコツやる
こうの史代先生?いや森崎和江先生?いや両方か?が当時の新聞をひたすら読みに図書館に通った、と言っていたがそれに近い 「1491年に太平洋戦争が始まった」に収まらない行間ですよね
擬人化で歴史を描くことで、考証的な何かが決定的に違っていても「擬人化創作なので!!」で逃げることにしていて、それは最終手段であり逃げの姿勢であり、敗走のみっともない手段だが、この「逃げ道」の確保をしていることで自信を持って腹をくくって創作を世に送り出している節はある

「考証的な何か」は具体的に言えば、今は「知っている資料があまりに不足していて、当事者の感じていた空気が感じ取れない」所かな…
海運の人たちがどうしていて何を考えていたのか、軍隊と比べるといまいちわからない
お元気ですか。お手紙、丁寧に有難う。「創作の対象が背景に歴史の文脈を付帯させている時に、加害への直視と批判意識こそが重要である」とのお言葉を頂戴しました。「愛情とは直視であり瞠目でも眩しさにくらむ盲目でもない」ことを弁えるべきであり、時間という私達の特権が対象と距離を生んでいることを有難く享受するのが、いちばん誠実な方法かもしれません。
歴史家を悩ませるのは、私達が叙述の対象としている人物が幽霊のように帰ってきて、書いたものに対して感想を述べること/彼らからすれば私達は抑圧者であり拷問者、死刑執行人である/彼らからすれば私達が若造だという事実が傷を負わせる上に侮辱されている/この問題は避ける術は無い/歴史は地図の作成と同じく事実の"描写"とはならない/事実そのものではなく少しそれに近づいているだけ/当人からすれば奇妙なものだ

/しかし時間が経つと私達の描写は、彼らがその中で生きていた出来事の記憶と競合し、入り込み、取って代わる/という意味で事実に"なる"/歴史的知識は出来事に加わった人の知識を沈める/歴史家は過去に対して、効果的に、息苦しいほど自己を押し付ける/過去を読みやすくし、過去を解放されない牢獄へ閉じこめる/歴史家に悪意はない/これは誰もが記憶に対し行うから、実際の記憶が過去の描写への飲まれていく経験がある/逸話は繰り返され磨かれる、一枚の写真が時間・場所・人物を思い出す全てとなる/過去そのものとなる

それは暗い面だが唯一の面ではない/抑圧と同時に歴史家は過去を解放する/過去を伝える人、読みやすくする人、再生する人を求めているから/歴史を作った人は歴史を記録する人が己を好意的に扱うという希望を持つ/彼らを忘却から救い出す

『歴史の風景』個人的ハイライト
コミティア、セーフでした。出ます。有難い……。
もう少しコンスタントに本を読んでいかないと……
今回のコミティア応募数、すごいですね
「そろそろ当落出るなあ…落選は書類不備だけかなw」とか舐めながらメールを確認して、意識が飛びそうになりました
「今回は4500サークルの募集に対し、5100弱の申込をいただきました」とのことです どうすんだ…
歴史の絵画修復、という気持ちはある
視覚的な美術の再構成
そして、修復であって実際に存在した歴史ではないという事実も自省し…
描いてます 「大脱走」の番外編の2話目です 1話目は完成していませんが、どちらも単話なので問題はないです
 アンドリッチ(先日の『ドリナの橋』作者です)の橋に対する感覚、船に対しても一部通じると感じている
  陸を陸を結ぶということ
 と思いつつも、アンドリッチは橋というものについて「だれのものでもあり、だれに対しても平等で、役に立ち、人間の必要がいちばん多く交錯する場所に、常によく考えて造られており、他の建造物よりも堅牢で、秘密のことや悪しきことには使われない」と言っている 私はふねに対してそこまで楽観的にはなれない
 エッセイ「橋」にある「われわれの希望はすべて彼岸にある」なんて、『艤装の美』に載っている「船――現在を生きる者たちの世界」を連想とさせないか?素敵だ
    海上を旅する船は出発した港を過去として置き去りにし、目的港を未来として予定しながらも現在を洋上の《点》として航海している、したがって現在を共に生きる者の一つの疑似的な共同体もしくは社会を構成しながら航行している、と考えることができる……という指摘があります(「船」)
202 長崎、門司、口之津そして神戸は、西南日本から中国と東南アジアに女性を移送する主要な港だった。一九世紀末、若い女性のからだ同様、石炭は日本の近代化に重要な役目を果たしていた。とくに三池炭鉱のものは、長崎県から大量に輸出された。高島炭はイギリスの船会社が好んで使い、上海は一八八〇年代まで、石炭を主要供給地九州に依存していた。長崎-上海航路は三六〇海里の距離にあったが、イギリス汽船やほかのヨーロッパの石炭船が定期的に往来しており、その船倉には誘拐された女性たちが高島炭とともに詰め込まれていたものだった。
205 組織化された日本人女性の売買は、一八九〇年代のはじめに三菱の設立した日本郵船が新航路を開設し、寄港地が増えたのにともない、さらに拡まった。
209 口之津出身のある老女は、生々しい感情がこもる、鮮明な記憶にもとづいて、生まれ育った世界から地獄に突き落とされたこと、船員の目を盗んで、船から、地獄から必死で逃れようとしたことについて回想している。

/『阿姑とからゆきさん』「第9章 人身売買」
#「大脱走」(企業擬人化)
#「渺渺録」(企業擬人化)
『阿姑とからゆきさん』を読んでいるが、「大脱走」は浅く色薄くなれども上手くこの世界観を落とし込めたのではないか、という確信を深めつつあり……
いいねパチパチありがとうございます 確認してます

最近は青春鉄道と『阿姑とからゆきさん』が良い……。
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JAMSTECのお船たち

素敵なのでもっとちゃんと知りたいな……。みらいさんお疲れ様でした。
みらいさんはデカいので、みんなに合わせるため猫背ぎみ。じゃむ時代に鍛えた「ひとへの優しさ」の1つですね。
擬人化の好きなところは見た目と実年齢の矛盾です、真ん中の彼がいちばん若い。
おつむの良い子は長居しない 第12回/高嶋政伸 12 インティマシーコーディネーター

感想を書かないツケが回って来ている。練習しよう……。
メモ この類の感想はどこかに長文としてまとめること
ところで(連想)『終戦のローレライ』は(著者の国家史観は別として)一つの物語としてうつくしかった 日本海軍の実直な歴史描写に挿入されるローレライ・システムという架空兵器のファンタジックさが、あるいは「馬鹿っぽさ」が危ういバランスで魅力と魔力を発揮しており、絶妙に世界はズレていて、ローレライ・システムはすなわちローレライであり少女であること、そのファンタジックさが、あるいは「馬鹿っぽさ」が…という再びの循環と混同、少女は兵器であり勝利だということ

あの時代のあの戦争中の男たちがみっともなく少女を(勝利の表象を)めぐって争っている、あまりに「馬鹿っぽい」フィクション性、が、潜水艦という人間の想像力に最も嬲られてきた船種を舞台とすることで、さらにファンタジー性が強化されるところ

表象としての少女と舞台装置としての船の提示の仕方が、鮮明でうつくしい
『蒼穹のローレライ』(少々うろ覚えなのですが所感) 主人公の瞳が理由不明のまま青く、母親の不貞を疑られて幽閉され、父親にも邪見に扱われて、運よく外に出たとしても近所の人間は不気味がるし帰ったら母親が刃物をもって狂ったように探し回っている、そんなイエとムラで育っている彼が上手く逃れた先が日本海軍という今から見れば理不尽な組織社会にしか思えない、が当時では世界随一のテクノロジーの先端集団に行くことで相変わらず孤独でありつつも一種の救いがそこにあり(青い瞳は生物学的にいう先祖返りかもしれぬ、という同輩の明晰な回答は当時では日本海軍などでしか賜れない言葉だったろう)
途中までやって諦めました ちまちまやろう
tumblrの地獄のタグ付け、してくるか……(数か月分タグなしで投稿している)