うつくしき貨物を運べば共犯者なり

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変革主体の形成を問うと言いながら、その時代を生きた人々に「ないものねだり」をする愚かさについては、言う迄もあるまい。けれども、 「資金調達」や「市場」等々について緻密な研究が積み重さねられていっても、それが養蚕家製糸工女・製糸家その他まさに「生きた人間諸個人」を後景に退けた、いわば「おくれた日本資本主義」の再確認(、、、)に帰結するのであれば、それは少なくとも私にとっては何の意味もないのである。 歴史を対象とする研究が「歴史としての現代」 に対する責務から解放されてはならないと考える限り、つまりは我々の未来を展望することにいささかなりとかかわりを保とうとする限り、むしろ「おくれた日本資本主義」のなかで、人々が(、、、)どの様に生き何を形成して来たのか、何を考え、あるいは考えることができなかったのか、そしてそこから人々(、、)が単なる「人々」ではない主体(、、)として自らを形成する道はどの様に展望されたのか、を問うことにこそ《意味》があるのではあるまいか。
 とはいえ、学問研究たらんとする以上、心情主義的に性急に 《意味》を追求するあまり、無意識のうちにも対象化(、、、)を放棄した「情感の海」にひたる様なことは、厳しく拒絶されなければならない。「人々がどう生きたか」を考えるにしても、課題はあくまでも「まさに構造論と結合した民衆史の形成でなければならない」(石井寛治 「産業革命論」同氏ほか編『近代日本経済史を学ぶ(上)』、一九七七年、八六頁)であろう。私が《意味》 を求めようとした問題を力法(、、)として展開しようとしたのが本書の序章第一節であり、以下の諸章はそれなりにその方法をふまえているつもりであるが、それが問題=方法として一貫(、、)しているか、ましてや成功(、、)しているか否かについては、読者の判断にまつほかない。ここでは、先学諸氏の精緻な研究に比べての実証面での粗雑さをある程度意識しながらも、敢えてこうした形で本書を世に問おうとしたわけを述べておきたかった。もっともこの様な言いぐさは、「ひらき直り」ではあっても「申しひらき」になり得ないことは、私としても充分承知しているつもりである。理論的・実証的に、あらゆる角度からの厳しい批判の寄せられることを覚悟し、かつ期待している。

/瀧澤秀樹「はしがき」『日本資本主義と蚕糸業』
#「渺渺録」(企業擬人化)
『記憶のことばの使い方 雑談における記憶の心的述語の相互行為分析的研究』気になるけど、1万円は難しいな
デジコレで読める「教育社歴史新書」なかなか通な本が揃っていてよい
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シーフレンド7というのは「横須賀軍港めぐり」の遊覧船です。日米の軍港を見て回るクルーズの船で、とてもかわいい。現役でいるので皆さんもぜひ乗ってください…
pixivに「渺渺録」の切れ端を「渺渺録習作」と題してシリーズ投稿しているのですが、チラホラ見て下さっている方がいらっしゃるようで嬉しいです。とはいえpixivも昔に比べて人が減った気がします…体感であって気のせいの可能性もありますが

追記・いや、やっぱり気のせいかもしれん
社会の分断、というもの…新型コロナは病気自体の生死よりもこの疫病の流行で社会が分断され孤立した人々が熱心なイマジネーションを抱き、何かを確信し、何かを憎悪し、何かを侮蔑する世界を招いたことに罪があり、実は今現在が本当に本当の「アフターコロナ」の世界なのでないか?と感じる時がある
マジで本は「読んだ後に読書ノートを作る」までを読書と捉えないとだめだ
『三菱財閥史 大正・昭和編』読了したら絶対に読書ノートを作る
いいねボタンポチポチありがとうございます~
「渺渺録」を描きながら「『渺渺録』描きたい!!」となってる
家に居ながら家に帰りたいって言ってるみたいだな
鎌田慧の著作、デジコレ個人送信限定で読めるじゃん



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やっぱり「渺渺録」、三菱企業という岩崎弥太郎の孫息子たちの物語で、岩崎弥太郎の孫娘の沢田美喜を描くとまでは言わないけど示唆できないかな~……。
とウェブを漁ってたら三菱グループのサイトの「みにきて!みつびし」にエリザベス・サンダース・ホームが載っていて笑ってしまった。広義の三菱なんだ……

ttps://www.mitsubishi.com/ja/minikite/vol38.html

#「渺渺録」(企業擬人化)
『政治の美学 増補新装版 権力と表象』普段この種の本を読まない(技量的に読み込むことができない)ので購入を逡巡してたけど、有難いことにkindleのサンプルがあり、しかもまあまあサンプル部分が長い。あとで読んで行けそうだったら購入を検討しよう…
雁さんはこの宣言を書くかたわら、たきぎを割ったり私の子供をねかしつけたりしながら「君は日本を知らんからそんなくだらんことをいうけど、例えば阿蘇では……」と話した。また、かまどをめずらしがる私の前にかがんで、もはや私は忘れてしまったけれど、なんでも「はじめパタパタなかポッポ云々」といって米をたいた。私は、何はともあれなじまねばならない、この日本に……と燃える火をみつめた。民衆のこの火が朝鮮半島を焼いたことを考えながら。

/「『サークル村』創刊宣言」『精神史への旅 2地熱 森崎和江コレクション』
#「渺渺録」(企業擬人化)
映画版のすずさんの「暴力」発言が、米の延長上の話になっていたやつ、私はあれが好きで、ああいう暴力とか(侵略とか)政治や思想の観念の言葉ではなく、自分の生活の、かまどの、ごはんの、お米を炊いた火の一線上に歴史というものを置けないだろか、と狙ってる 船や船の美しさでやりたい
#「渺渺録」(企業擬人化)
この動員の手段としての「美しさ」というものが貨客船の華麗な美、あるいは軍艦の実直な美にある、その一つ(緞帳や絨毯)を担ってきた一つが髙島屋や川島織物という極めて民間的で、「威信」や武力とは無縁に見える企業であり…
#「渺渺録」(企業擬人化)
 結局、若者たちを特攻という運命に赴かせてしまったものは、彼らの美的価値の希求、つまり彼らのロマン主義と理想主義であったのではなかろうか。彼らは読書を通じて自分たちの世界観と美的価値を作り上げた。もし政府が、軍国主義国家の政治的ナショナリズムをあからさまに正面切って提示していれば、若者たちはこれに反抗することができたであろう。しかし、西洋の高尚な知的伝統という「包装紙」に包み込まれて提示されたので、若者たちは軍国主義政府やインテリ指導者の手になる政治的ナショナリズムを暴くことができなかったのである。

/「序章」『ねじ曲げられた桜 美意識と軍国主義 上』
#「渺渺録」(企業擬人化)
髙島屋や川島織物など 船の内装、国家の建築の絨毯や緞帳、あるいは皇族の衣裳などを造ってきたんだけど、その美しい装いに込められた国家の威信、「美しい」ことで示せる威信、「美しさ」で示せる物語、つまりあの時代に国家の示したい物語がありそのために美を以て人々を動員させること

国家の物語、つまり大日本帝国の富国強兵と軍国主義を導入するための「美しいもの」の一つとして装いがあること、その危うい関係を描けないだろうか、創作で、と思っている
#「渺渺録」(企業擬人化)
waveboxポチポチありがとうございます~
読者の方が私の創作を見て「ああ戦没船ってこんなだったんだ…」となるような漫画を描いていきたい ほんとは
読者が全体図を俯瞰できるように創作を提示していきたい
死ぬわけにはいかんから、と、生きている私に、生前の弟が、女だからよかったね、といった。やっぱり私を見ぬいていて、近代日本の百年の歴史でもみくちゃになって、自分の正体さえ見えなくなった私が、歴史的存在の枠の中に入りようのない部分によりかかってその日その日を生きているのを、彼はそういったのだった。

/「先例のない娘の正体」『森崎和江コレクション 精神史の旅 1産土』
#「渺渺録」(企業擬人化)
実際のなんでもメモはGoogle Keepになってます
このてがろぐなんでもスクラップメモにしよう……脳を直接続させるんや……
9月コミティア、新刊がないかもしれません(11月に回すかも)。ちなみにプリンターも家にないのでどうすればいいのか私にもわからない……。
デジコレで「三菱は国家なり」と検索すると出てくる本、どれも興味がひかれる