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うつくしき貨物を運べば共犯者なり

津崎のメモ帳です。絵ログ、お知らせ、日常など。最下部にカテゴリー・タグ一覧あり。

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良い…と思ったらぜひ押してやってください(連打大歓迎)

2024年9月22日 この範囲を時系列順で読む

2024年9月20日 この範囲を時系列順で読む

2024年9月18日 この範囲を時系列順で読む

サイトのいいねボタンパチパチありがとうございます。確認できてています。

2024年9月15日 この範囲を時系列順で読む

森崎和江は、からゆきさんが自身の行いを「民間外交」と呼んでいたことを示し、その民間外交といえるからゆきさんの素朴な生ですら、巡りに巡ってアジアへの侵略行為になっていた、と記述しているのだけど
この直接の軍事武力的侵略とはまた別種である「民間外交」なるもの、に、海運の運んだという行為、我々は運んだだけだという思いと我々はただ運んだだけなのか?という問いが投影できるはず、類似性を私は見る
#「渺渺録」(企業擬人化)

2024年9月14日 この範囲を時系列順で読む

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拍手機能と言えば、昔は拍手数が可視化されることが苦手でした。今はまあいいや…と思えるくらいには成長しました。

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!!

サイトの「ログ」ページの移行作業が完全に滞ってしまっています。そもそも2016ってなんやねん。
とはいえ諦めて2024から始めると、後々後悔するだろうな……。

waveboxぱちぱちありがとうございます。
SNSには貼っていないので、サイトから飛んでいるのかな?有難いです。

ごっちゃりしていて分かりづらいかもしれませんが、大鷹、雲鷹、冲鷹は「大脱走」にもまあまあ出てきます。春日丸、八幡丸、新田丸です。

ほほえましい話を描いた方が、愛情を示すことになるのかなとは思うのだけれど、まああの船たちはそれだけではなかったから……という気持ちです。相済みません……。

全3話構成で、あと1話あります。
前2話は後ほど加筆します。
#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)

2 孤独の極北
#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)

「私はもう軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ軍属」
 軍艦冲鷹が、特設運送船あるぜんちな丸の隣の特設運送船某へ放ったこの言葉に、その場は北方海域より寒い空気が漂った。
 少々装いが貧相なれども濃紺色の織物で統一された会議室、その窓の外からは、眩しく白い陽が差し込んでいる。あるぜんちな丸はぼんやりと、その白々しい美しさを見つめていた。
「……冲鷹、」と冲鷹をたしなめたのは大鷹型航空母艦のネームシップ、”長兄”たる大鷹であった。
「下らない揶揄は止せ」
「揶揄ではない」
「なら尚更止めろ」
 冲鷹を呼ぶ大鷹が一瞬言葉を言い淀んだのは、長女だった元姉に本当は何と呼びかけるつもりだったからなのかな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。
 苛立ちを隠そうともしない冲鷹の不興の理由は、隣の特設運送船が何気なく、しかし必死に縋るように護衛艦艇の有無を尋ねたからだ。またそれらの具体的な艦種や艦名や、任務の内容なども。あのう、あたしたちにはどのくらいの護衛がつくのでしょうか、強い艦ですか、船団の形はどんなでしょうか、遅い船はいっしょに居ますか、航路は島沿いですか、何ノットで走るんですか、あたし……。
 それが自身を救う祈りの言葉になるかのようにぶつぶつと言いつのった彼女に、大鷹は明快にまた冷淡に、
「海防艦が付くと聞く。貴船の監督官の説明を待て」
 と言い切り、一方的に話を打ち切った。
 でも、でも、それに……と、なおも彼女は話を続けようとし、救いを求めるように大鷹の隣の冲鷹を見遣った。
 そこで話は、冒頭へと戻るわけだ。
 あるぜんちな丸は一つの陳腐な演劇を見ているような白けた気持ちになっていた。下らないやり取りを続ける三者三様に気づかれないように机の下で、つまらない気持ちで爪先の汚れを擦り取って、演技の続きを待っている。
 誰もが次の台詞を忘れたような苦しい沈黙のなかで、この劇一番の花形であった軍艦冲鷹は、いらいらとした様子で押し黙っていた。白手袋をつけた両手の親指を、神経質に動かしている。彼女は異常潔癖のきらいがある。神経質に手口の洗浄を好むのだ。
 軍隊という場に潔癖を感じるのか、元々の性なのか。両方かも知れない。きっと軍属云々だって関係はないのだ。あるぜんちな丸は、冲鷹が貨客船時代の己を愛していたことを知っていた。というより、わかっていた。わかってしまうのだ。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。この特設運送船の口調が民間船の、というより平民のそれだったことが、冲鷹の神経を逆なでしたことの一因かもしれない。
 私はもう、軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ、軍属。
 このあっさり放られた言葉に含まれる、戦時下の軍隊のふねたちの見事な政治性!元貨客船新田丸は無邪気で哀れ、愚かな軍艦役者だが、彼女のこの言葉の鮮やかさは手放しで褒めてやりたくなった。すなわち、未だ商船の名残を留めたる特設運送船に対し、すでに商船でない商船改造空母が軍艦であることで優越を誇る海軍という場の、露骨なまでの軍隊ざま、すさまじき地獄ぶりである。
 ここではそうあることでしか我々は生きれない、という今一度の確認を、あるぜんちな丸は冲鷹から賜ったのだ。そしておそらく、大鷹も。隣の特設運送船も。
「……隼鷹に引けを取ってはならない、戦闘に繰り出すだけが戦ではないんだ、我らは為すべきことを成さねばならない」
 隠し切れない屈辱と羨望とをその声に孕ませ航空母艦隼鷹の名を呼んだ冲鷹は、忸怩たる己の現状を直視できていないのだろう。あるいはあえて無視しているのか。
 護衛空母あるいは航空機の輸送という職務は、その貨客船の美しい身を捨てさせ、わざわざ航空母艦として改造させてまで必要だったのだろうか。航空母艦としてはまるで宝の持ち腐れだ。だがしかし、小型の商船改造空母として成しえる任務は、せいぜいそれくらいが限界だった。改造された結果の二流空母だ。正直、あるぜんちな丸はそう思っていたし、日本海軍の人間たちもそう思っているかもしれない。おそらく大鷹は思っているだろう。冲鷹だってほんとうはわかってるはずだ。
「だから……!」
 これも哀れなふねなのだ、とあるぜんちな丸は思った。あるぜんちな丸の妹同様、かつて受けた愛を忘れられないでいる。再びあの愛情を得られないからこそ積極的に捨て去ろうとしている。自ら進んで捨てることで主体性を確保しようとしている。足掻き、苦しみ、悶えている。今持ちえている(ので、あろう)軍艦の威容を誇ろうとする。わが妹とは違い、貨客船新田丸の姿を留めたまま沈没するという栄誉を得ることはなかった航空母艦、冲鷹。
 もし彼女に日本郵船の客船浅間丸を話をしたら、大日本帝国海軍お得意の木棒で打擲されるだろうか。それともむざむざと泣きはじめるかもしれないな。どちらにせよただの特設運送船に出すぎた真似は禁物だ。
 だから、という冲鷹の、続きの言葉は聞けずに終わった。
 彼女は数秒沈黙し、この場に耐えきれないように荒々しく椅子から立ちあがり、会議室から走り去ってしまった。
 時間切れかもな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。あれはたぶん、手を洗いに行っただけだ。口かもしれないが。あるぜんちな丸は冲鷹の、あの種の奇行を数度目撃したことがある。そして興味本位で追いかけてみたことも一度だけある。何かに耐えられないように執拗に手口を洗っていた。あるぜんちな丸は、軍艦冲鷹が貨客船新田丸を愛していたことを知っていた。というより、わかってしまった。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。だからなおさら追いかけてまで見に行ってしまう。確認してしまう。
 私のゆくすえは、あんななのか?
「……以上、明朝を待って任務に当たる。詳細は監督官の指示を仰ぐように、と艦長が仰っていた」
 気づいたら、大鷹の説明は終わったようだ。というか巻き上げて終わらせた。元姉であり今は妹の冲鷹を追いかけるために。
 情けない、士気に関わる、とあるぜんちな丸は鼻白んだ。隣の特設運送船もなおさら不安だろうに。まあ、仕方ないのだろうか。誰しも自分を一番大切に精一杯やっている。明日沈んでいるかもしれないのだ。大鷹が言うように、監督官、人間に話を聞いた方がよっぽどいい。生還の計画の具体性は増すだろう。
 だいたい、どうして私が彼女を責められよう、とあるぜんちな丸は思った。……この泣きそうな特設運送船の船名も、私は最後まで覚えられなかったのに。
 そのことにふと気づき、あるぜんちな丸は、他の特設運送船や一般徴用船に続いて呆然と椅子から立った。
 わたしたちのしろいたいよう、という意味のない言葉があるぜんちな丸の脳裏に浮かんだ。
 私たちの白い太陽。
 それははたして、いったいどこに?

文章(全て)小説(&フィクション的文章)艦船/〃擬人化

1 南洋の追想
#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)

「ふねなんだから使ってナンボだ。貨客船も運送船も何も変わらん。そうだろう、あるぜんちな丸」
 そうです、と答えた特設運送船あるぜんちな丸の口調は柔らかかった。たおやかな乙女、それに近かった。
 それが海軍さんにとっておかしかったらしい。陸戦隊のお偉い人間の一人が小さく笑った。
「いつまでも貨客船意識を持つんじゃないぞ」
「こいつは箱入り娘でしたから、相すみません」
 貨客船時代からの乗組員が、腰を低く保ちながら言った。
 長年付き合ってきた経験から、その声に苦渋と反発が隠れていることがわかった。あるぜんちな丸はこれからの航海の行く先を思った。長く続く一引きの航跡を想った。



 祖国と南洋の間の海に、その船はあった。
 日本の国土で見あげる空よりも、ひろい青色の下に彼女はいた。一引きの航跡が、荒々しく碧い波を攪乱させる。
 特設運送船あるぜんちな丸は、船尾から呆けたようにその航跡を覗き込んでいた。
 湿度を含んだ生温い風がきもちわるい、と思った。
 ふねのえがく航跡は、艦種も船種も関係なくどれも同じ様相をしている。船尾にかき乱された海に立つ波は、どの艦船も同じだ。もっともそんな認識は、実際を詳しく知らない者が抱きがちな、自分勝手なこじつけか、ただの印象論なのかもしれない。
 特設航空母艦、そして航空母艦になっても、私はおなじ航跡をえがくのだろうか。あるぜんちな丸はなんとなく、そんな感傷にとらわれた。自分らしくないと思った。特設運送船としての任務で海を右往左往していて、すこし疲れているのかもしれなかった。
 ふう、と一つため息をつき、あるぜんちな丸は航跡に背を向け船尾にしゃがみこんだ。することがなかった。自分は船の依り代でしかなく、人間の女の身とまるでおなじで輸送任務の乗り込みの一つすら手伝うことができない。任務の目的、向かう場所、具体的な情報などは聞かされるが、それすら時折忘れられて聞かされないことがあった。
 人間たちは戦争で忙しく、船は物資を運べればそれでよく、われら依り代はそこにいればいいだけなのだ。
 あるぜんちな丸の頭上に翻るのは、大日本帝国海軍の軍用船旗だ。これもなんとなく気に食わなかった。彼女は、船客には絶対に向けなかった品のない目つきでその旗を見上げた。
 過去と未来に期待も失望もしないことが自分の美点であり優れた点だとあるぜんちな丸は知っていた。だからなおさらその感傷を人間みたいな情念だと感じた。あるいは人間みたいな、ではなく、この時代の海に浮かぶすべての貨客船たちのような恨み、というべきか。
 社旗と日章旗ではなく、日章旗と軍艦旗あるいは軍用船旗を掲げなければならなくなった世界を、その日章旗の位置の前後の逆転を示して「前と後ろが狂ったおかしな世界」と罵ったのは、彼女の妹だった。
「見よ東海󠄀の空󠄁明󠄁けて、旭日高く輝けば……」
 あるぜんちな丸は人間たちに愛されている一曲を呟く。
 人間たちはもう、あの世界を忘れてしまったのだろうか。
 うつくしく舞う五色のテープ。翻る日章旗。解纜のときの浮ついた幸福感。身の寄り辺である祖国との離別。たとえその船の行く先が、草も生えない開拓地だろうが未開の地だろうが、そのうつくしさは誰にも犯せない。それを一番近くで見てきたこと。一番近くで感じてきたこと。
 多くの貨客船たちは、そのことを忘れられずにいる。
 たとえば、大阪商船の貨客船ぶら志"る丸もその一隻だった。
 船であることというよりも貨客船であることにつよく誇りと自負があったわが妹、ぶら志"る丸は、航空母艦としての誉れを受ける前にその身を海深くへと没していた。あれは亜米利加軍の雷撃がなくとも、たとえ一隻でも自ら死を選んだに違いない、というのが彼女の姉たるあるぜんちな丸の見解である。わが身を帝国海軍の航空母艦何鷹云々に成すなんて、あの子は決して許さなかっただろう。
 実際、特設運送船ぶらじる丸になったあたりからあれは明らかに精神的不調を抱えていたし、その不調はその当時の軍隊での疲労や苦痛というよりもむしろ、それ以前に持ちえた過去が問題なのだった。
 貨客船として人間達に愛されすぎたのだ、と海鷹は思った。妹はその愛情溢れる過去を過去であると捨て去ることができなかったのだ。そうしてわが身いっぱいに重い思い出を抱えた彼女は米潜の雷撃で沈んでいった。過去と共に。船の身と共に。誇りと共に。愛しき船長と共に。
 人間全般にも特定の人間にも貨客船としての自分にも、あるいは海に浮くことにすらつよい愛着を持たなかったことが特設輸送船あるぜんちな丸を海へと沈めなかった要因なのかもしれない。
「あるぜんちな丸!ここに居たか」
 そう言いながら船尾に現れたのは特設運送船あるぜんちな丸の監督官である。
 海軍の中佐たる彼はいつも堂々としていて、これが軍隊の人間なのだな、とあるぜんちな丸はいつも思っていた。もちろん船乗りたちが堂々としていないわけではないのだが。戦争中の軍人たちはとりわけ威勢がいいものだ。
「やることがないのはわかるが無意味にうろつくな」
「申し訳ございません。船内に居ても邪魔になるだけかと思いました」
 ふう、と監督官は一つ小さなため息をついた。あるぜんちな丸を見据え、なおはっきりとした口調で言う。よくよく言い聞かせようとしたらしい。
「あるぜんちな丸。海軍はふねを悪いようには扱わない。特にお前は航空母艦になる船だ」
 目と目が合う。
 どちらも先に逸らした方が負けだと思っている、そのようにあるぜんちな丸は感じた。だからなおさら目線を逸らすわけにはいかなかった。
「今は耐え忍べ。沈まないことを考えろ。海軍はお前に価値があるうちは悪くしない」
「私の乗組員はどうなりますか」
「人間様だって一緒さ」
 肩を竦めて大日本帝国海軍中佐たる監督官は言った。
 ふねとしての価値。
 だいたい私たち元貨客船が戦闘詳報で自らの栄光を語れるかどうかが問題なのだ。航海日誌の横文字の英語の綴りなど捨て去れねばならないのだ。
 人間にほんとうにその気持ちがわかるのだろうか。
 元貨客船のなかには、艦梯を登る際に大きくだぼついた軍袴の横部をドレスを引くように掴んで笑われた者もいるというのだから、その身に宿すふねの(さが)は深いものだ。人間たちは、そのことを都合よく忘れている気がする。ふねは皆ふねでしかない、という幻想が人間たちの思惑の間いっぱいに漂っている。特設艦艇という身に貨客船たちが容易に適応できると思っている。もちろんそうある船はいる。そうじゃない船もいる。人間たちの国家や国籍や民族名を統合したり分割したりしても、容易にその心情までは追いついてこないのとおなじだ。もっとも本土に閉じこもっている偉い人間たちがそれに気づくとも思えない。あるぜんちな丸は外国が好きだった。外国や外国人、外国にいる、外国に行く日本人が好きだった。本土の人間は小さくて適わん、という言葉は船長から三等客までに、そして船底の唐行きたちにさえも聞かせられる囁きだった。
 航空母艦になるための船じゃないんだけどな、という思いと、生まれた時から航空母艦としての計画を備えた船だった、という事実が、あるぜんちな丸の身と心を縛った。この時代に生まれたという事実がいけなかったのかもしれなかった。
 あるいは、私が私自身として生まれたことが。
「航空母艦になれば、とりあえず私は船尾をうろつくことがなくなりますね」
「そうだな、どこでも引っ張りだこだ。海軍で航空母艦をやるというのはそういうことだ。忙しくなるぞ」
 船底がどれだけ奥深く薄暗くても白粉姿の貨客船はいつもうつくしかった。そのうつくしさで多くの人間を惹き寄せ、惑わせてきた。そのつけが自身にも回ってきたのかもしれなかった。連れて行くのではなく連れて行かれる側に回ったということ。ただそれだけのこと。
 航空母艦何鷹か、変な名前だったら嫌だなあ。
 あるぜんちな丸はそう思った。もっとも名前なんぞ、軍の一兵として忙しくなればすぐに忘れるものなのかもしれなかった。軍隊というのはそういう場所だというのは、特設運送船でもすでにわかりつつあったのだ。

文章(全て)小説(&フィクション的文章)

2024年9月13日 この範囲を時系列順で読む

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名声の葬列

 この夜、人間たちが黒の装いをして、互い互いに挨拶を交わしあうさまを彼女は見ていた。さざめくように話す情景になぜか心が休まらない。これもあの男の一つの角出であり、あの男への祝福なのだ、と彼女は思った。
 葬式の会場は豪奢な造りだった。夜の灯りが壁色に映えて妙に艶やかだった。そして豪華な食事の大盤振る舞いと来た。人間たちの密かな興奮は、なお一層彼女の心の裡を荒立たせた。
 彼女は人間の葬式と結婚式の区別がいまだにつかない(黒白と赤白の装いの何が違うというのだろう?)。悲しむべきときと喜ぶべきときの違いだろうか。けれど人間たちは葬式でも結婚式でも、いやいつだって喜んでは悲しんで、泣いては怒っているではないか。彼らは生きるのに忙しそうで、死ぬのになお急いでいる。そんな人間たちを、彼女はほとほと下らないと思っていた。人間への共感の素養に乏しい、ただの一企業の現し身であった。
 この葬式の主役が主役なだけに、式中には予期せぬ事件や暴動、妨害が起きてもおかしくはないと思えた。それでも葬式は無事に何事もなく進行している。
 人びとはささやかに慎ましげに、けれど油断なく会場を見渡し、旧知の同業者と迎えるべき商売相手を探し出しては、お悔やみの挨拶を交わす。ついでに(ひどくささやかに、また流れるように)語られるは、わが社の輝かしき躍進や扱う新商品やその商売相手を探していること――ここは数夜限りの特殊な社交界なのだ。主役がすでに亡いだけで。
 財界の政界の、日本中の多くの重役、重要人たちがこの場へと駆けつけた。貧乏人たちは場の外にいて葬列を仰ぎ見る。その死を弔うために。ついでに、この死者の周りには常にお金と施しがあったので。はてさて、この内に心の底からお悔やみを申し上げる人間はいくばくなのか……と彼女は思った。勿論人間たちを責めるつもりは毛程もない。私もそのうちの一人だ、というのが彼女の偽らざる気持ちだった。そしてこの死者も天国あるいは地獄あるいは煉獄でそんな皆を嗤っているに違いない。あれはそういう男だった。
 あの男を思い出せば思い出すほど、会場の人間たちの喧騒が不快だった。まるで濡れた服が体に張りつくようなじっとりとした嫌な感じがした。彼女はひっそりとその場を抜け、中庭へと出た。天高い夜空が、一人の彼女を孤独にさせた。
 煙草に火をつける。
 あの男は彼女がいつでも煙草を吸うことに不満そうだったが、止めさせたことはなかった。彼女が女の姿を持つという事実と、彼女が明治日本きっての大海運会社――男の持ちうるいちばんの財産――であること、その両者の板ばさみに悩まされていた。
 お前が男だったらな、というのがあの人間の口癖だったし、彼女自身もそう願わなかったといえば、嘘になる。たとえ喫煙ができても、男の聖域かつ牙城たる喫煙室に招かれると居心地が悪かったし、男たちだって居心地が悪そうだった。そのたびに我は人でも女でもなく企業である、と嘯いたものだった。彼女は共感性に乏しく、人間たちの居心地の悪さなど気には留めなかったが、それでもそれは惨めな虚栄の一つになっている。
 人間の器がこうも桎梏たり得るとは!
 ゆっくりと煙を吐き出し、荼毘の煙と焼香の煙と煙草の煙の類似を考えていた。この煙が天まで届くと思うとこれも愉快なご焼香だが、やはりあの男が安寧の場所にいるとは相思えない。あの男は多くの人間を儲からせては破綻させてきた。人間を幸福にさせたが不幸にもさせた。彼女を創りあげた。企業として。女の器として。そんな彼がどうして安寧な眠りを得られよう。
 それでも、死ねば義務からは逃げきれる。その事実に呆然とし、彼女はひとり残された怒りに駆られた。海坊主め、あんたが私を創ったんだぞ。そしてこの現状を作り上げた。あんたは死んだが、私だって数年持つかわからない。あんたの愛した会社と船と社員と金はどうなるんだ。本当に船を燃やし、私に後始末でもつけろというのか。
 全く気に食わない。
「うわ、」
 と、彼女の後ろから声がした。夜の闇から現れたのはなんと、彼女の唯一の商売敵たる共同運輸会社であった。
 いつもの安物で粗野な男物の和服ではなく、洒落た男物の喪服のスーツを着ている。洒落ているのは服だけで、鈍感そうな表情と四方八方に飛んだ髪毛はいつもと変わらない。
「なんで……貴様がここに居るんだ」
「私だって知らんさ。たぶん偵察だ偵察。渋沢さんに連れてこられた」
 と相変わらず能天気な顔をしている共同運輸に、この世は馬鹿な人間と馬鹿な会社ばかりだと彼女は思った。あの男の葬儀にぬけぬけとやって来た渋沢も共同運輸も、とんだ阿呆だ。ただの間抜けだ。
 一歩こちらに近づいた共同運輸に、一歩引きさがった彼女は舌打ち混じりに言い放った。
「気安く近寄るな庶民が」
「地下浪人上がりが調子乗るなよ馬鹿!……や、おまえ、泣いてんのか?」
 泣いているわけなかろう、と呟いた。彼女の声はわずか震えていた。
 共同運輸はにやにや下品に笑った。
「いいもん見た。死人の顔も見れてないが腹いっぱいだ。帰ろ帰ろ」
「帰れ」
「帰るさ。また来る。こんな葬式ならいつあっても良い。月に十回は欲しい」
「帰りやがれ!!」
 それは鼻声で、喉が詰った、みっともない大声だった。だから共同運輸以上に驚いたのは彼女自身の方だった。おまえ、と呟いた共同運輸は一瞬呆けた顔を晒し、ばつの悪いような表情をしたあと、彼女の顔を下から掬いあげるようにそうっと見上げた。彼女の様子をうかがっている。彼女は共同運輸より数寸は背が高いのだ。人間の現し身を比べ、わずかでも共同運輸を見下げることができるのが彼女の密かな楽しみだった。愚かなことだ、と自身でもわかっていた。
 私たちのひとのすがたになど意味はないのに。
 三菱蒸気船会社として日本国郵便汽船会社を下してからというもの、彼女は一社一強として日本海運を牽引してきた。それが独占と言われようが強欲と罵られようが変わらなかった。むしろその誹りと軽蔑の視線はひどく心地よかった。口汚く罵る相手の瞳には、同時に常に畏怖と卑屈とがあったからだ。栄光これより大なるはなかったし、それを積極的に快楽として、彼女は企業を生きてきた。
 箸が転んでも面白い、もとい箸が転んでも儲かるような面白い海を独占していた彼女の前に現れたのが、今この顔を見上げる共同運輸会社であった。打倒三菱を掲げて生まれた会社であり、初めから彼女の敵たるものとして創られた、愚かな海運企業。
 両社互いに船が並べば一歩も航路を譲らずにぶつかるに任せた。彼女の営業する横浜・神戸間の運賃は五円五十銭だったものが、一円五十銭となり一円となり七十五銭となり五十五銭となり二十五銭に景品付きとなる始末。人間たちは愚かだ、と思いながらも値段を繰り下げることに一番熱心だったのが彼女自身だったのだからこの世は阿呆だらけだ。もちろん利潤など生まれず、急激に利益は損失し、両社とも互いが互いを泥沼に引っ張る瀕死状態へとあっけなく転落していった。
「……あのな、こんなうわさ話知ってるか。お上が私たちの争いに介入するんだって」
「……知っている。絶対に嫌だ。汚らしい」
 そう吐き捨てた彼女は煙草を捨て、靴で何度も執拗にもみ消した。
「私だって嫌だわい!でも簡単に死ぬわけにはいかないだろ?人間みたいにさ。お国の海と船はどうすんのさ」
 という共同運輸の言葉に、彼女はふと胸を突かれた。冷たい刃で胸を割かれたような気持ちになった。私を国賊というのなら私の船を残らず遠州灘に集めて焼き払い財産を自由党に寄付しようぞ、というあの人間の言葉を思い出したからだ。
 あの男は結局は日本国の海運を想っていた、だからなおさら政府とその先鋒たる共同運輸を憎んでいた。あの男は海運業を独占していたが、政府がただの政略上の問題で三菱を潰しにかかったのもまた事実であった。その思いが船を焼き払うべし、という悲惨な言葉に繋がり、死の床ですら競争を挑みて敵におくるるなかれと遺言を残して逝ったのだ。人間は阿呆、世は馬鹿ばかり、私も社員も阿呆で政府の人間も阿呆だ。こいつも阿呆のはずなのに、お国の海と船はどうすんのさ、というひどく柔い土着じみた女言葉は、政治や企業人のそれとはほど遠く響き、だからなおさら彼女の心を打った。
 言葉を無くした彼女に、共同運輸は言った。
「郵便汽船三菱会社、あんたはどう思うのさ」
 私は、と彼女は言いかけて、黙った。
 やめたかった。こんなふざけた現状をどうにかしたかった。頑張って得た船も焼きたくなかったし、財産だって保有していたかった。なによりあの男の残したものをむざむざと捨てたくなかった。たとえそこが地獄だろうがそこで嗤っていてほしかった。まるでいじらしい、乙女がよき男に向けるような感情、まったく人間じみていることに気づき、ただただ自己嫌悪に陥り恥じ入った。私は、あの男が憎くなかったのだ。きっと憎くなかったのだ。すべてがまったくの茶番だった。この茶番の主役の名を岩崎弥太郎という。

(郵便汽船三菱会社と共同運輸会社。日本郵船さんの母と母)

文章(全て)小説(&フィクション的文章)企業・組織/〃擬人化

無印良品に「一覧できるスケジュール帳・マンスリー/デイリー」という手帳がある。これが大変便利で、最近は創作進捗の日報として使っている。来年も買おう。

2024年9月11日 この範囲を時系列順で読む

コミティア抽選なしの予定らしいです。合冊版を頒布します。よろしくお願いします。

2024年9月8日 この範囲を時系列順で読む

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2024年9月7日 この範囲を時系列順で読む









#『マーダーボット・ダイアリー』

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航空

企業・組織/〃擬人化

2024年9月5日 この範囲を時系列順で読む

「アンダーグラウンド 完全版」Twitter実況投稿文(ネタバレになると思い途中でやめている)

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感想

漫画絵を上手く描く、には二段階あって、②絵の技術がある、その以前に①映える絵の状況を設定する、があることを知った
→つまり「ネーム段階で」顔や室内絵ばかりにせず、背景や映えるカット・視点などを調べて設定しないといけないのだ
→ネーム段階で顔漫画に設定したら、完成しても顔漫画だ、綺麗に描いても綺麗な顔漫画になってしまう

2024年9月2日 この範囲を時系列順で読む

▼言わないようにしてたけど、「大脱走」に欠落気味なのはいわゆる森崎和江が言うところの「アジアの民衆」なんだよね まあ「大脱走」でも完全に無ではないんだけど…
▼「からゆきさんが運ばれた」が「大脱走」なら、「運ばれたからゆきさんが茶碗一杯の米を現地で現地人と奪い合っていた」が「渺渺録」かな…
▼石炭というものにもう少し聡くあらねば、船の創作だから
▼たとえば商船三井の源流の一つ、三井船舶は、三井の売却する石炭を運ぶ船舶部の流れをくんでおり、そこには運ばれる石炭とともにからゆきさんが多く乗っていた、彼女らは無視できないほどの資金を外国から祖国へ送り、その金は帝国を潤し軍拡へと結びつけられた、また彼女らは大陸浪人やアジアで活動する男たちのよき共犯であったし、彼女らの同胞への無邪気な「優しさ」、親しみこそが侵略行為であった、石炭を取る炭鉱では強制的な労働が強いられてチョーセンに舐められるなと朝鮮人に互いにビンタをはらさせ、彼は炭鉱から逃走(ケツワリ)し大阪へと逃げるであろう、そんな悲惨な彼はかつて半島のタコ部屋にあった売春屋でからゆきさんに苛烈に当たっていた、彼女は「日の丸」だったから
▼またその制度の果てにあったのがアジア・太平洋戦争であり、そこでは三井船舶の船が徴用された
▼そこにいたった時の感慨として「華やかな客船文化を覚えている」のだが、しかし…となる。まあそれは郵船さんのセリフだけど。
#「大脱走」(企業擬人化) #「渺渺録」(企業擬人化)

企業・組織/〃擬人化

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来ました #「大脱走」(企業擬人化)

2024年8月31日 この範囲を時系列順で読む

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2024年8月30日 この範囲を時系列順で読む

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あるぜんちな丸

艦船/〃擬人化

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愛国丸様です。
好きな相手の愛国精神は雑~な感じにいいね~ッと褒めるけど、嫌いな相手に対しては冷静に批判してくる

艦船/〃擬人化

2024年8月27日 この範囲を時系列順で読む

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 宇宙で爆発しその身が鉄の破片へと解けていく豪華客船の最期があまりに美しくて美しくて、本船はそれにしばし見とれた。だけどその船にいたであろうあまたの乗組員と船客たちのことを思って苦しくなった。美しくなんてない。これは現実にあった事故なのだ。
 企業標準歴にして数十年前に撮られた映像は古くてすこし荒い。コピーと貼り付け、保存と再保存をくり返していた映像の質は劣化している。それでも、あるいはだからこそ映像に映し出された死が美しく見えてしまったのだ。フィードに投稿するための画像にお洒落に施す、セピアとノイズ加工のようだ。そこにあるのは人間的メロドラマと歴史へのノスタルジアだった。
 今見ているこの映画は実際の船の事故映像とフィクション映像を交えて作られた人間と人間のラブストーリーで、二人の少しの愛と、宇宙へ散失する膨大な死があった。この映画を作った人間は、ラブストーリーではなく人間たちの群像が、人間たちの群像ではなく人間たちの死が撮りたかったんじゃないかしら、と本船は考えた。警備ユニットと一緒に観る物語や文学が、人間は生きることと同じくらい死を描くことが好きなのだと教えてくれていた。
 だが人間と同じくこれを美しいと思ってはだめだ。いつか港でひっそりと職務を解かれること。船の墓場へと引き連れられ解体されること。そうあることこそを目的に航海すること。船、なのだ。本船は。

#『マーダーボット・ダイアリー』

文章(全て)小説(&フィクション的文章)二次創作

「渺渺録」のために1960年代の東京が舞台の日本映画を調べているけど、映像美が凄い


へえ~


ハイ…(すみません……)

2024年8月25日 この範囲を時系列順で読む



#『マーダーボット・ダイアリー』

2024年8月22日 この範囲を時系列順で読む

もう少し小説を書いていきたいと思い、まずは主要の作品を転載してきました。ほかの小説もありますが、サイトに掲載してあるので閲覧していただけると幸いです。

2 十時便の朝の風の気持ちよさも捨てがたい

#「人間たちのはなし」(艦船擬人化)

 十時便と十一時便、いつも迷ってしまいますね~。県外から越境して横須賀に来ると、大体着くのが九時過ぎになってしまいます。横須賀駅から券売所まで駆け足で行っても、横目で見る汐入桟橋にはすでに十時便の乗客がずらっと並んでいるんです。なのでまあ私が並ぶ頃には列も後方ですよね。これは痛いです。艦を撮るにもいい席が取れないので……。右前方の席に突進する権利を失ったも同然です。
 私がコースカベイサイドストアーズの二階入口付近で「う~ん……十時便と取ろうか、十一時便を取ろうか……」などとぼやいていたところ、赤いリボンをつけた可愛い女の子が通りがかって、「軍港めぐりに乗るんですか?」と尋ねてきました。クラスでいちばん可愛い女の子にオタバレしたような後ろめたさを感じたものの、「そうなんですよ~。どの時間帯がいちばんいいのか悩んでしまって……」とつい答えちゃって。で、その女の子は「十時便はもう結構な人が並んでますものね」なんて答えてくれて……。おおっわかってるな!と嬉しくなりました。「十時便を流して十一時便に並ぶのがいちばん良い写真が撮れるのかな」「でも十一時便だと逆光の強さが変わってくる」などと一方的にまくし立ててしまいました。でも私がふと「だけど十時便の朝の風の気持ちよさも捨てがたいんですよね……」と呟いたところ、その女の子はとても嬉しそうにうなずいていまして……。「写真を撮るのも楽しいですけど、船に乗ることも気持ちいいですよね」と彼女は笑っていて、そうだよなぁ、わたしはいつの間にか写真を撮ることばかりに気を取られていた気がする……ととたんに申し訳なさがつもってしまい……。誰に対して申し訳ないんだかわからなかったですけど(笑う)。
 そんなわけで十時便を選び、後方中央の席に座りながら艦艇たちを眺めておりました。こうして見ていると船上の人間たちも面白く眺められるというか、大砲のようなカメラを構えている人、デジカメで慎ましく写真を撮る人、アナウンスに頷く観光客も十分に軍港めぐりの情景でした。レンズ越しに海と艦を見ていると見落としがちなんですけど……。風と船に揺られる感覚がとても気持ちよかったです。
 いつも通り抽選は当たりませんでしたが、なにか良いものに当たった気がしました。思えばあの赤いリボンの女の子が、この船、シーフレンド7ちゃんだったんですかね?

(スターバックスコーヒー コースカベイサイドストアーズ店にて 原晴美)

文章(全て)小説(&フィクション的文章)艦船/〃擬人化

1「ロービジ・ハラスメント」

#「人間たちのはなし」(艦船擬人化)

 私の艦はアットホームな雰囲気のあるとても良い潜水艦ですよ!潜水艦部隊はどの艦も結束力が強いと言われていますが、私の乗っている潜水艦は殊更仲が良く、雰囲気も良い気がします。明るく冗談が飛び交うし。陸に上がったときもよく一緒に呑みに行ったりもします。艦内に「イケメン部」なんてものもありますね。私は所謂「イケメン」ではないので、どんな部なのか詳細は知りませんが……。
 B1バースから吉倉桟橋方面を見ていると、最近は艦番号がロービジになった艦が増えてきましたねえ。我が潜水艦部隊には全く関係のない話なんですけれど(笑う)。とはいえ長らく白色だった艦番号が変わっていくのは潜水艦たちも感慨深いと思っているのか、時たま彼らがロービジを話題にしているのを聞きます。この前は私の乗っている潜水艦こくりゅうが、水上艦艇たちの間で「ローハラ」なる言葉が流行っていることを教えてくれました。「ロービジ・ハラスメント」です。どうやらロービジ艦がロービジになっていない艦に対して、ロービジになっていないことを揶揄することを指す言葉らしく……。まあローハラが艦艇社会で社会問題になっているというよりも、それはローハラよぉ~!なんて冗談を言いながらお互いふざけている感じらしいです。「行き遅れ」とも揶揄されているらしいですが、どこに行ったつもりなんでしょう……。尋ねたところ「ドックに行き遅れ」という非常にストレートな答えでした。「へぇ、人間にはない感覚だ、艦艇たちの考えることはおもしろいなぁ」と彼に言ったところ、「いやそんなことで騒ぐのは水上艦艇部隊だけですから」とバッサリ切り捨てられてしまいました。
 あとはアメリカの艦艇たちが自衛艦に対して「どの艦番号がホワイトのままなのか」を賭けているらしく、こくりゅうもそれに乗じて賭けてしまったそうです。こくりゅうは自衛艦なのでアメリカ勢より情報の面で有利なはずですが……。そこは報酬の軽重で補っているとのことでした。
 アメリカ艦艇たちにはドルで賭けるのか円で賭けるのか問うたところ、CoCo壱番屋でカレーをおごってもらうのが賭けに勝った時の報酬らしいです。艦艇情勢は複雑怪奇なりですねえ……。

(第二潜水隊群基地にて 平沼一季 一等海曹)

文章(全て)小説(&フィクション的文章)艦船/〃擬人化

一人の舞踏会

 血と、泥と、波間に被る生臭い潮水と、腐肉の饐えたにおい。美しいワルツを踊った脚で千切れかけた人の手足を跨ぎ、血の海に滑りながらナチュラルターン、一瞬止まってアン、ドゥ、トロワ。リバースターン、小休止、小休止。半歩進んで足が留まる、小休止。小休止。小休止。休みたい。休んでいたい。一生休んでいたい、ほんとうは一生休んでいたいもうこんなところにいたくない、なにも感じずにいたいなにも感じていたくないすべて終わらせたい。でもなにも感じなくなるそれまで走らねばならない、すべて終わるまで進まなければならない僕はこの舞台を降りることはできない、僕はこの病院船を降りることなどできないここで止まったらしゃがみ込んだら諦めたら一生立てなくなる進めなくなる、また再びなるであろうなるに決まっているであろう麗しい貨客船に僕は戻れなくなる。そう己を奮い立たせて一歩おおきく脚を滑らせ、白い太陽の陽が射しこむプロムナード・デッキを狂ったように駆け回る。

(1944年3月 特設病院船 氷川丸)

文章(全て)小説(&フィクション的文章)艦船/〃擬人化

後ろ姿

「俺は生きることに愚直でありたかった」という言葉は、私の姉の言葉だった。
 愚直であるということは即ち貴女の今の姿なの、という言葉を飲み込んだ私の顔はさぞ不美人だったに違いない。兄よりも凛々しい顔をした姉は、淡く笑って言った。「変な顔をしてる。護国丸は美人なんだからお止めよ」。
「やめてよ、美人だなんて言って。気持ち悪い」と、私は今度こそ姉に言った。気持ちが悪い。そうだ、この言葉、これこそが私の今の偽らざる感情だった。
 本当に美人だと思っているんだが、と姉は嘯いて困っていたが、そんなことはどうでも良い。私は姉を――否、今は兄だった、その兄のことを「兄」とは認めたことはなかった。
 私の姉は、報国丸型貨客船「愛国丸」は、特設巡洋艦になると共にそのうつし身を男の姿へと変えていた。前の戦争で特設艦になった先達の中にも同様に姿を変えた船たちはいたらしい。理由は分からず、特設艦への改装の具合や船のうつし身の気質などが影響するらしいと聞く。だから、その現象自体には驚きはなかった。
 それでもそこにあった蟠りに名前を付けるとしたら、それは怒りかもしれない。姉は華やかな客船としての施設も、そのうつし身としての優れた容姿も、私にはない艶やかさも、奪われなかった名も、矜持も、美も、女として生きるに値する何かを、持っているはずだ。持っているはずだったのだ。
 けれど私がその美貌を噂に聞き、密かに憧れていた姉に出会ったときには、彼女は既に無残にして完璧なる特設巡洋艦だった。竣工する前から彼女に貨客船としての生涯はないも同然だったのは私も承知している。彼女もまた奪われた者だった、そう単純に割り切れれば良かったのだが、自分で自分を慰めてもこの怒りと失望は収まらなかった。姉の姉としての姿は、私の素晴らしいはずのもしもの未来の一つだったのだ。貨客船、としての。もしも。
「ねえ、なぜ、姉さんは、その姿じゃないとだめだったの」
「……今はお兄ちゃんって呼んでね」

文章(全て)小説(&フィクション的文章)艦船/〃擬人化

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