良い…と思ったらぜひ押してやってください(連打大歓迎)
最近は実在の人物をモチーフに擬人化を絡めて描くことを、少なくとも「軽率には」やらないようにしている
ヨコハマメリーと氷川丸って一回くらい会話してるよね?あたし知ってんだワ
あえて明言するけど、エリザベス・サンダース・ホームは米兵と日本人女性の混血児用の孤児院なんだけど、沢田が設置したものであり、岩崎弥太郎の孫(郵便汽船三菱会社の子)である三菱企業たちはなにかしら岩崎弥太郎の孫娘と「混血児という結果(敗戦と占領と貧困)」に思うことがあるのかな~~~…ってやめやめやめ~~~い!!!となっている←イマココ
#「渺渺録」(企業擬人化)
#「渺渺録」(企業擬人化)
『スーツ大事典 : Men's style book』,スタイル社,1992.4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13160686 (参照 2025-06-28)
普通にたくさん資料あるやん、となっていた。氷川丸で写真撮影している男性モデルの写真があって嬉。
普通にたくさん資料あるやん、となっていた。氷川丸で写真撮影している男性モデルの写真があって嬉。
「渺渺録」戦後の話だから、時期によってはむしろ積極的に男性から帽を外さなければならぬ…
#「渺渺録」(企業擬人化)
#「渺渺録」(企業擬人化)
スーツをちゃんと調べよう。調べれば今よりは知識が付くはず。なぜなら今次点ではほとんど知識がないため…
そういえば、『扇島歳時記』には①「病気になったので親に再び引き取られていく遊女見習い」=完全に親と縁が切れていない遊女②日本の遊郭に遊びに来る清国人、が出てきますが、同時期に高浜寛先生が『長崎丸山遊廓』(①②の事象への言及がある)を読んでいると投稿していらっしゃった記憶があるので、この著作を参考にしているのかな…と思った記憶があります なんとなく思い出したので記載します…
自覚が無かったが、思いのほか私は関東の重力から逃れられないようだ…神戸や大阪を描いて、と言われてもおそらく描けない。九州なども同。悔しいぜ
陸上自衛隊幹部学校戦史教官室長の白石博司は、すでに一〇年以上も前に、次のように書いていた(白石博司「戦史雑感(その1)」『陸戦研究」一九九五年一二月号)。
近年、旧軍関係者が自衛隊の現職を去り、また実戦を体験してきた人も老齢には勝てず、いよいよ自衛隊も全く未体験の軍事集団になってしまった。体験・実験の難しい軍事を専門にする我々幹部自衛官にとって、実戦を学ぶ教材として残されたのは戦史以外にないといっても過言ではない。いよいよ腰を据えて戦史を勉強する時が来たと思う。
まったく違った理由からではあるが、私も白石と危機感の一部を共有する。戦争体験世代が減少するなかで、現在の日本社会では、戦争の現実、戦場の現実に対するリアルな想像力が急速に衰弱しているように感じられるからである。
/吉田裕『アジア・太平洋戦争 シリーズ日本近現代史6』
#「渺渺録」(企業擬人化)
近年、旧軍関係者が自衛隊の現職を去り、また実戦を体験してきた人も老齢には勝てず、いよいよ自衛隊も全く未体験の軍事集団になってしまった。体験・実験の難しい軍事を専門にする我々幹部自衛官にとって、実戦を学ぶ教材として残されたのは戦史以外にないといっても過言ではない。いよいよ腰を据えて戦史を勉強する時が来たと思う。
まったく違った理由からではあるが、私も白石と危機感の一部を共有する。戦争体験世代が減少するなかで、現在の日本社会では、戦争の現実、戦場の現実に対するリアルな想像力が急速に衰弱しているように感じられるからである。
/吉田裕『アジア・太平洋戦争 シリーズ日本近現代史6』
#「渺渺録」(企業擬人化)
歴史関係の本の読まな過ぎで思想の自家中毒に陥ってないか?本を読もう…
岩波現代文庫、もっと集めよう
#読んでる 『谷川俊太郎詩選集 4』
夜、関門海峡を船で往った時に夜通し炎を上げている八幡製鉄所が見えた←出典を忘れてしまい泣いている…

夜、関門海峡を船で往った時に夜通し炎を上げている八幡製鉄所が見えたよね、という証言めちゃ良すぎる、その炎を担っていたのは筑豊あるいは三池の炭坑だったはずだし、三菱重工業の長崎造船所はその鉄を使っていただろう、そもそも前身の長崎製鉄所は高島炭鉱を頼りに造られているようだ、ちなみに対岸のグラバー邸では戦艦武蔵の建造が丸見えだったからなんと長船が邸を買収しているのだ、てかグラバーって高島に別荘持ってたんだね、日本の産業革命とそれに由来する軍国化を押し進めてくれたしね、三井三池炭鉱の三池炭は三井物産の船舶部(後の三井船舶)が上海などに輸出したけど、三池港は当時浅瀬だったので口之津まで小船で運んでからそこから大型船で出港した、そこでは与論島の人々が頑張っていて、というのも与論島は台風で滅茶苦茶になってたので移住してきた彼らがヤンチョイヤンチョイと掛け声を上げながら運び変えたわけ、時々島原の女性が大型船に乗りからゆきさんとしてアジアに渡ったよ、与論島の人たちは三池港が整備されたら三池へ行き、今度は三池港の湾岸労働者となったよ、の図
#「渺渺録」(企業擬人化)
(図として未完…上記の文章の概要は今度地図に書き込みます)
いつか同人誌の献辞で「この本を、お世話になった国立国会図書館デジタルコレクション(個人送信限定公開)に捧げる。汝が生業のおかげで本同人誌は作成されたといってよい」とか書きたい
そうかあ…何か絡まないかな…と思うけど、一体何が何に絡むのかという話
#「渺渺録」(企業擬人化)
#「渺渺録」(企業擬人化)
八幡製鉄所や長崎造船所の位置を描いた地図も描こうかな
#「渺渺録」(企業擬人化)
#「渺渺録」(企業擬人化)
三井三池の炭坑→三井物産→三井船舶 みたいな関係図を知らない人のために描けばいいのでは?忘れなければやりたい
#「渺渺録」(企業擬人化)
#「渺渺録」(企業擬人化)
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個人サイトに「渺渺録」の最新話「河原」を上げていました が、1ページ抜けておりました。恥。直したのでご覧ください。
最近しずかなインターネットを使っていない…
あと、鹿児島県最南端の与論島から、台風による飢饉を契機に長崎県の口之津に集団移住した人びとの話はちゃんと調べたい。彼らは口之津のあと、1909年の三池港の開発に伴い福岡県の大牟田に移り、三池港の湾岸労働者として、三池鉱山の生産機構の一員となる
こういうの「渺渺録」で包括できないかなあ
皆で炭鉱の世紀、描いていこうな
中国の政治家で、日本を好いていない立場を明確にしてるけど酔っぱらうと炭坑節を歌い出す人いるよね 名前忘れたけど ウィキペディア記事で読んだ
月が出た~と歌われてワロ…となった
職場で最年長の上長が唐突に三井三池と炭坑節の話をし出したのウケたけど、それを聞いていた職場の人(おそらく50代くらい)が「『タンコウ』っていわれてなんだかわからなかった(『炭鉱』に縁がなく『炭鉱』という脳内変換が出来なかったという趣旨)」と言っていたので、まあ、なんだ、そうなんだよ…となる
#「渺渺録」(企業擬人化)
#「渺渺録」(企業擬人化)
「結婚すれば大それた迷いはなくなるという庶民の、父祖伝来の教えは、そのまま一面では生きつづけてマイ・ホーム主義は建築産業の開発から日本列島改造論へと表裏一体である」←一生私には書けない文章
そして戦後民主主義が開放したのはこの「私権」意識であった。日照権、ゴミ戦争、医料値上げ闘争、などの市民運動は、「戦後民主主義が根づいた」と称される姿である。
「なんば言うか、ケタクソわるい」と閉山町の日雇い人夫は言うだろう。それでも時代は確実にそのように動いてきた。結婚すれば大それた迷いはなくなるという庶民の、父祖伝来の教えは、そのまま一面では生きつづけてマイ・ホーム主義は建築産業の開発から日本列島改造論へと表裏一体である。経済基盤を固めた戦後民主主義は、結婚しても迷いはなくならない、というヒネクレ者にも寛大となって、「それはあなたの自由です。あなた自身の生活を十分に主張してください」と言う。
/「戦後民主主義と民衆の思想」
「なんば言うか、ケタクソわるい」と閉山町の日雇い人夫は言うだろう。それでも時代は確実にそのように動いてきた。結婚すれば大それた迷いはなくなるという庶民の、父祖伝来の教えは、そのまま一面では生きつづけてマイ・ホーム主義は建築産業の開発から日本列島改造論へと表裏一体である。経済基盤を固めた戦後民主主義は、結婚しても迷いはなくならない、というヒネクレ者にも寛大となって、「それはあなたの自由です。あなた自身の生活を十分に主張してください」と言う。
/「戦後民主主義と民衆の思想」
くらしのなかに民主主義ということばは苦もなく入っていった。それはたとえば次のように。私の父はその郷里で村長にと、のぞまれたことがある。そのとき村人が言ったことばが耳に残っている。「あなたのお父さんはやっぱりえらか。若いときから民主的なお人だった」そしてまた或るとき戦地がえりのまだ若さが残っていた農民は、私へ言った。「あんたのお父さんを見習って、わしらも民主的にしよりますよ」。それは些細なことで、旧習を破って何かを同世代ではじめたら、夫婦単位で行動をしたり、ということにすぎなかった。
戦後はこのようなはじまり方をしていいはずのものではなかったのである。
/「戦後民主主義と民衆の思想」
戦後はこのようなはじまり方をしていいはずのものではなかったのである。
/「戦後民主主義と民衆の思想」
森崎和江「戦後民主主義と民衆の思想」彼女特有の言葉づかいがいかんなく発揮されていて乾坤一擲!という感じがあって良い
ブラウザなら割といけるかも アプリがよろしくない
ちょっと速度の衰えたパソコンにnotionアプリを導入、明らかにパソコンに負荷をかけている…どうしようかな
森崎和江『戦後民主主義と民衆の思想』デジコレにあるじゃん
そして、私が現在より一回り大きいスーツを描いた時に、その考証というかこだわりのようなものは読者に通じるのか?理解できずにスーツがダボついている絵だとしか思われないのでは?だとしたらそこにはどのような意味や価値があるのだろう?となるときが、正直ある…スーツ関わらず
何が言いたいのかというと、考証って難しいね、という膨大な話の末端の話。
「明らかに違うだろう」という考証ミスもあるけど、「『それっぽさ』はクリアしている」という描写もあり…。
宮崎駿はミリタリーで適当描いて詳しい人が騙されると嬉しくなりますね!とか露骨なことを言っているが、それは「そこそこのリアリティ」をクリアしているから、だし、読者(視聴者)にはそれが事実かリアリティかの区別はつかない
「事実かリアリティかの区別が読者にはつかない」ときに「事実を突き詰めた結果としてリアリティを損なう」もあるのかな~と…。それがダボついたスーツなのですが。服飾オタクしか見破れないようなこだわりとそのありどころというか