うつくしき貨物を運べば共犯者なり

津崎のメモ帳です。絵ログ、お知らせ、日常など。最下部にカテゴリー・タグ一覧あり。
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サイトの「渺渺録」のページ のギャラリーを少し弄りました。

WordpressのプラグインのFooGalleryとFooBoxを使っています。適当に導入して放置していたが、調整するとなかなか良い感じだ。
「作品ログ」は細かくタグ分けできる反面、いちいち1ページずつ開かなければならないため面倒ではある。
サイトにも、あえて分類なしに雑に並べて置くの、いいのかもしれない…。
スマホからは見やすいはず。
waveboxもありがとうございます
作品ログとこのてがろぐのいいねボタンに大量にいいねを送ってくださった方ありがとうございます~!嬉…
擬・氷川丸を描く時に、心持ち服装を厚めに描いている。そういう世紀に生まれた船なので… Tシャツとかは着ないだろうし、ネクタイ率も高め

氷川丸さんはクールビズのことをほぼ半裸だと思ってます
ポースは仁王立ちが好みです
「恥ずかしがってないし似合ってもいない女装」好きすぎる
バニーコスプレしている船擬はフーンだけど、企業擬だったら面白くニコ…となるはず なぜだろう やはりどこかで企業を男性的なものだと捉えていて、コスプレでギャップが生まれるからかなぁ
2022年なのでだいぶ古いですが(絵…!) 漫画は「永遠のいのち」より


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むしろ私が「え!?そこって入れるんだ!?」となった建築物ってなんだろう……
本当(マジ)の問題、氷川丸みたいな怪し~構造物があんなところにあったらフツー入れると思うだろ‼️と私は思うのですが、そもそも、「その建築物に入れるかどうか」の判断の基準は人それぞれだよなあ…と理解しています
読んだ本などなるべくサイトに統合して、なおかつなるべくなら本家のWordpressサイトに纏めたい
すみません、自分、理想は①『あれよ星屑』②『ニュクスの角灯』後半巻 なんで。訂正お願いします…
2月コミティアに出たい!のですが少々数年(だいたい2年ほど)単位でオフラインイベント参加の雲行きが怪しく…いやわかりませんが
ブクログの登録冊数32000冊こえちゃった…一番長くやってるSNSかもしれん
しかしリアル画風というか…リアル画風なのか?これは?…は一歩間違えるとなんか嫌な絵…になるため、ほどよくデフォルメ化、落としどころは決めていきたい
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疲れて虚無、虚無だから頭を使った絵が描けない、そんな虚無時間は「渺渺録」の絵を修正すると決めました。

それに手を動かすとそのうち脱虚無になる時もあるからね
「昨日土曜日🌊だったのに土曜日🌊と投稿し損ねたな」と投稿したせいかwaveboxで複数の🌊が…

たまたまかもしれないけど ありがとうございます
氷川丸で子どもがお母さんに「ねーなんでこの船は船なのに動かないのー!?」と叫んでいて「うわ、エモ…氷川丸船上で聞きたかったセリフ(子どもの無邪気な疑問部門)の一つだ」などとなり
昔X(当時はTwitter)で「長らくハマっ子ですが氷川丸って入れたんですね💦知りませんでした😮」みたいな投稿を見たことがありガクっと来たことがある 興味ない人は入らないスポットかも
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氷川丸(1枚目が新・2枚目が旧)
いつのまにか「OPEN」の横断幕が インバウンドにコソ…と対応したのだろうか
昨日土曜日🌊だったのに土曜日🌊と投稿し損ねたな
中身はMDノートで、ハードカバーの表紙だけ布やボンドや型紙で自作して合体するのアリでは?天才の発想 今度やる
‪『沖縄県史 第9巻 (各論編 8 沖縄戦記録 1)』 オーラルヒストリーの名著としてもっと話に上って良い書籍だ
「渺渺録」のエピグラフは『沖縄県史』の1証言 と「ゴットン節」かで悩んで後者にする(予定)のですが、エピグラフはなるべく口語文章にしたい気持ちがある……。まあそれこそ『セカンドハンドの時代』のように2つ並べればいいんですが……。

企業擬人化だけでなく、それに収まり切らない「あの時代の話」にしたいので、多くの事象を貫通しつつ沖縄戦があった時代としても描いていきたい漫画です
『沖縄県史』「沖縄戦記録」1と2(9巻と10巻)では

◎方法的には連続性がない
◎1は話者の口調を最大限に生かそうとした
 対して、2は録音された口述を、執筆者が特徴的と思える項目に分類して原稿化した
(『沖縄の戦後思想を考える』)
 二、三日後アメリカが崖の上まで来た。出て来い、出て来いという。海には汽船が浮いていて、マイクで、出てこい、出てこい、という。そして水陸両用戦車がすぐ近くまで来る。もう絶対絶命ですよ。だから兵隊たちは、一般民は早く出て行って下さいというんです。一般民には何もせんはずだから、といってすすめるんです。兵隊が相当いましたよ。そうして二十日すぎからは、自決する音がきこえるんです。手榴弾を炸裂させてね、やるんです、自決。
 わたしは最後はね、一つの穴に県庁職員も入れて十二名おりましたよ。それでわたしが手榴弾一箇持っている。軍刀持っている。そのほかに手榴弾持っているのがおる。小さな穴ですからね、手榴弾二つでは全員即死できる。自決するか、最後の評定を開きましたよ。この十二名、死のうと思えば、手榴弾二箇で大丈夫だが、やるか。ところが人間最後になれば考えますよね。それで結局評定の結果は、一応出て見よう。そうすれば、何かまたやる機会が出るかもしらんから、一応手を上げて出て見よう。それで手榴弾を捨てたんです、軍刀もね。
 そしてわたしが出たのが六月二十二日、昼だな。十二名、(恥かしいなぁ)ハンケチを振って出ましたよ。上って行ったら、西がわに低いところがありましたが、そこから上って行った。それで米兵につれられて畑の道のところでしらべられた。男は全員裸で、女は三名いたがモンペーでそのまま。男は褌一つ。
 その時見た死体。わたしは、沖縄に人間がこんなにいたかな、というぐらいの死体でした。一体沖縄に人間が何名残ったかなと思った。ほんとに屍屍累累とはあれでしょうね。それで屍体が何日かしたら、こんなに膨張れるでしょう。水ぶくれや、土左エ門というけれども、もう(そこでは声が非常に感情を昇らせて言われた)陸の屍体は、紫色になって、膨れてね、物すごく大きくなるんです。腐敗寸前は。悪臭が鼻をつく。


/『沖縄県史 第9巻 (各論編 8 沖縄戦記録 1)』「旧那覇市」嘉手納 宗徳 754p
「目にする表現の多くに、「沖縄である」という答えだけはあらかじめ用意されそして無前提的に肯われているような、そんな奇妙な印象を持つことがしばしばある」(「「沖縄である」ことへの問いー植民地・多言語・多文化」一九九八年)、「いっけん華やかなにぎわいを見せているかのごとき沖縄文学は、その実、中央文壇とかいうものの力学の中で、それらしい地方性と通りのいい異質性を担わされて、日本文学にとって心地よい周縁を演じさせられているのではないか」(「漂う沖縄文学のために」二〇〇一-〇二年)。それだけに新城さんは、九州・沖縄サミットで、「芸能人や文化人などがこぞって「沖縄らしさ」の自己演出に大わらわ」でいるのを、「無惨」と見つつ、「衆人環視のなかで沖縄らしさを演じさせられている現在の私たち」は、「ちょうど百年前、大阪天王寺の第五回内国博覧会パビリオン「学術人類館」において陳列された沖縄「土人」たちとなんの違いがあるだろうか」と思い返さずにはいなかったのでした(「あとがき」)。
「回収」という言葉に新城さんは、「安直な括り」が横行することへの怒りを突き出します。括られることによって、対象化へと押しつけられ、一方的に他者に規定される存在となりおわることを、「知の植民地主義」とし、それゆえに「回収」されない沖縄への希望を込めて、知の"攪乱者"であろうとしています。


/『沖縄の戦後思想を考える』
#読了 『沖縄の戦後思想を考える』

凄まじい。読めてよかった。

『沖縄県史』の9・10巻の「沖縄戦記録」1と2の作成方法の違いが書かれていて興味深い。
しかも結構性能が良い マーカーもある