陸上自衛隊は陸自であってJGSDFではないし、JGSDFという名称に「名称としての親しみやすさ」がない 「陸自」とAIには「名称としての親しみやすさ」がある
良い…と思ったらぜひ押してやってください(連打大歓迎)
AIという「概念」が名前に集約されて、わかりやすくなっているし、いい意味でも悪い意味でもイメージや表象になっている
毎日インターネットで「AI(Artificial Intelligence)」なる名前を見ない日はなくて、どこへ行ってもAIだな…と思うんだけど、「AIの略称がAIであること」覚えやすくわかりやすい略称であることも大量頻出に一役買っている気がする……のだけど皆さんどう思いますか?
これが例えば陸上自衛隊の略称(JGSDF)並みの長さとかだと「使い勝手」が変わると思う。打つのが面倒だし覚えるのも面倒で、名称への親しみやすさも、話題にするし易さも変わる
これが例えば陸上自衛隊の略称(JGSDF)並みの長さとかだと「使い勝手」が変わると思う。打つのが面倒だし覚えるのも面倒で、名称への親しみやすさも、話題にするし易さも変わる
もうすこしサイトをログ倉庫化、アーカイブ化したいな
豊川稲荷東京別院に行った後に國學院大學博物館で神道と仏教と近代…みたいな展示を見るといろいろとクる
「秘すれば花よ貨客船は」石炭と女ら抱えて唐へ往き往く
疲れたらぼんやりとSNSをリロードする癖があるのだけど、そんなことをしていないでやることをやろう。
あと絵の練習、原稿ではなく、をしたい。どんどん手癖になっていくので。模写をしよう。
あと絵の練習、原稿ではなく、をしたい。どんどん手癖になっていくので。模写をしよう。
ツバメノート×シグノ0.5(キャップ式)が一番 合う
ツバメノート…愛しているよ…kiss
帝国船舶株式会社、ですよね それを知らないと…
#「徴用船の収支決算」(一次創作)
#「徴用船の収支決算」(一次創作)
『春のまひる』LIXIL Bookletのようなおしゃれでお上品な感じの本にしたい、けれどそうすると図録のような本になる、つまり説明文や過剰な説明口調となる、つまり読者を強く意識した内容となってしまう、しかし何より重要なのは、「春のまひる」の漫画のふねぶねたちは未来を予期しながらも認識も理解もしていないという主題があること…という 悩み
>「春のまひる」のふねたちは私たちに語りかけない、2025年に語りかけない、未来に語りかけない…
>「春のまひる」の鴨緑丸はのちに自分が徴用されることも陸軍輸送船になることもその致命的運命のせいで地獄船と呼ばれることも知らない
>>だから読者に語りかけてほしくない…なるべく もう描いてしまったものは仕方ないし、限界もある
>「春のまひる」のふねたちは私たちに語りかけない、2025年に語りかけない、未来に語りかけない…
>「春のまひる」の鴨緑丸はのちに自分が徴用されることも陸軍輸送船になることもその致命的運命のせいで地獄船と呼ばれることも知らない
>>だから読者に語りかけてほしくない…なるべく もう描いてしまったものは仕方ないし、限界もある
LIXIL bookletが出版を終了したというニュースでLIXIL bookletを意識しはじめたんだけど、もし元々LIXIL bookletを知っていて、その後から終了を知ったのならたぶんとても嘆いていただろうな…
他の存在の死の情景、最期の姿を想像しないのも愛情なのかな、と思うときがある。猫、人間、ふね……
堂々とした塗り忘れがある ここまではめずらしい 疲れているんだな
追記・直しました
追記・直しました
1939年に秩父丸は鎌倉丸と改名しているんだけど、これはヘボンから訓令になったせいで英語の俗語「Tit」と被ってしまうため(chichibu→titibu)
ローマ字表記を約70年ぶりに改定へ 大谷翔平選手も「OHTANI」から「OOTANI」に?「ヘボン式」統一でどう変わる(TBS NEWS DIG Powered by JNN)
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いまこそ鎌倉丸を秩父丸に…
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いまこそ鎌倉丸を秩父丸に…
「あるぜんちな丸はその気になりさえすれば、誰にとっても魅力的になれる船であった」
「ぶらじる丸」は、海軍に徴用されてしばらく、船体は黒色、上部構造は白色。平時のままの塗装だったから、海軍当局よりたびたび軍用の灰色への塗装替えを要請された。しかし大野は頑として聞き入れなかった。「本船は客船です」。とうとう海軍は、「軍命令」まで出してきて、ウンと言わせなければならなかった。
/『客船がゆく』※大野=船長
/『客船がゆく』※大野=船長
コミティア155の「参加サークルリスト」(当落速報)掲載は1月9日らしいです 予想と大外れ
いや一次創作でSFが描きたいな
>歯車と歯車が描かれていた時に噛み合わせや回り方が滅茶苦茶だとひどく気になる、というフォロワーがいて、私はそういうが気にならない人間だけど、ここが気になるのか気にならないのかがSFが描けるか描けないかの分かれ道…な気がしている
>>が、同時に概念的なものや雰囲気、というものも重要なので、そこは固く捉えないでいたい
>フォロワーさんが宇宙への植民を「移民船という存在が実感としてあった時代」としてのSFだ、という趣旨の話をされていたけど
私は90年代くらいまでにえがかれたSFには、「資本とその搾取」というか、炭鉱の世紀や石牟礼道子の描く水俣ものでの「会社」(チッソ)という感覚の延長にあるもの、としての企業があるとおもう あれはGoogleやApple社の未来ではなくて、水俣のチッソや与論の三井物産や炭鉱の三菱の過去の反復なんじゃないか
>SFは未来の希望の話というよりは、人類の過去にあったトラウマの反復行為、それこそ「トラウマの再演」なんじゃないか…と感じる時がある
>>だからSFの最前線に必要なのはトラウマやケアの物語であり、私がマダボが好きなのは事実マダボがSF×ケアだからなんだワ
>歯車と歯車が描かれていた時に噛み合わせや回り方が滅茶苦茶だとひどく気になる、というフォロワーがいて、私はそういうが気にならない人間だけど、ここが気になるのか気にならないのかがSFが描けるか描けないかの分かれ道…な気がしている
>>が、同時に概念的なものや雰囲気、というものも重要なので、そこは固く捉えないでいたい
>フォロワーさんが宇宙への植民を「移民船という存在が実感としてあった時代」としてのSFだ、という趣旨の話をされていたけど
私は90年代くらいまでにえがかれたSFには、「資本とその搾取」というか、炭鉱の世紀や石牟礼道子の描く水俣ものでの「会社」(チッソ)という感覚の延長にあるもの、としての企業があるとおもう あれはGoogleやApple社の未来ではなくて、水俣のチッソや与論の三井物産や炭鉱の三菱の過去の反復なんじゃないか
>SFは未来の希望の話というよりは、人類の過去にあったトラウマの反復行為、それこそ「トラウマの再演」なんじゃないか…と感じる時がある
>>だからSFの最前線に必要なのはトラウマやケアの物語であり、私がマダボが好きなのは事実マダボがSF×ケアだからなんだワ
PCで見るやつ
音楽がホルスト作曲の組曲「惑星」の第1曲「火星、戦争をもたらす者」で良いな
マダボの『ネットワーク・エフェクト』でもあったけど(ARTの再起動で)、SFにおける「中性的な説明音声」はだいぶ精神に良い 「マーズ・エクスプレス」本予告の最終部にもある
はてなブログより気軽な感じのやつ
ここのてがろぐは書き捨てというか、下らないことばかり投稿しているのですが、お知らせ用などにもう一つ作るべきなのだろうか でもたぶん管理できないし 分けてもな…
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映画(フィクション映像)によってナショナル的なある種の「高揚」が演出されているものは、それが物語中で「正しい」ものであっても、あるいは物語の主人公側が反帝国主義・反植民地主義だったりで現実世界でも一定に正しいとされる価値観を有していても、どこか観ていて居心地の悪さを感じてしまう















