うつくしき貨物を運べば共犯者なり

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飛鳥Ⅱさんは女装しても華奢じゃないので微妙に合わないが、""美""ではあるので妙な「説得力」はあるし、自身の美を信じているので自信を持って仁王立ちしてほしい…

後ろにいるのは女装と赤道祭の区別がついてない氷川丸さんです
『映画の言葉を聞く』に掲載されている是枝監督の映画「誰も知らない」とレッドアロー号の話、は、ひとが乗り物に向けるただ単純な憧憬とどこまでも粘着質な心情を考えるときに、いつも思い出す。

…この映画の着想元の巣鴨での子ども置き去り事件を調べていたとき、事故で死んでしまった妹を秩父の山奥に埋めに行く際に兄がレッドアロー号に乗っていたことを知った。私が育った清瀬の駅にはレッドアロー号は停まらず、特急料金もかかるので乗れなかったけど、かっこよくて憧れの車両だった。亡くなった妹をトランクに入れてレッドアロー号に乗せて運んだという記事を読んで、なんとなく彼の気持ちがわかるような気がした。警察はそれを証拠隠滅のための死体遺棄として捉えたけど、私はそこに違和感を持った、そんなことのためにあの少年はこの列車に乗ったわけじゃないだろうと思った。…云々

一介の乗り物オタクの無邪気な消費的態度とかではなくて、相反するものと共にあるもの、拮抗と同一視、いろんなものが混ざってなにがなんだかわからない、そのような……渦巻く夢と業というものが共にあるように思えてならず……。
 デスクブロックという手帳を買いました。B5サイズのハードカバーのマンスリー手帳です。A4も売ってます。
 創作の計画を年月スパンで決めたかったので。手帳はウィークリー付属派だったのですが、最近はマンスリーのみでも対応できると感じています。シンプルで良いです。
「大脱走」番外を終えたら、次に何をどれくらいの長さで書くか考えねば……。
一枚の写真は擦り切れ失って失っていく鮮やかないろ
大戦はWW 国語には国威があった時代の葬列
悲喜、怒り、恨みに期待、憧憬と、あと「あ、短歌に詠めるやつじゃん……」
船場言葉の短歌とか読みたい、たぶんある、でも知らない
教室でグァムが陥ちたて聞かされて、(あたし)は何に泣いとんかしゃん
/「つぐ」(前編)『短歌研究 2022年4月号』


薬莢によう似たそれを磨くとき祈りも削がれてまうでかんぎゃあ

権力と煙はどっちが先やろう この先も(あたし)は煙草を吸わへんやろう
/「つぐ」(中編)『短歌研究 2022年8月号』


出征兵が豪雨みてゃあに()ってってみんな日の丸まるめ始める
/「つぐ」(後編)『短歌研究 2022年11月号』
前編に「後編に続く」とあるのに実際は中編に続いているの、最高に親近感あるよ(私の『大脱走 上』と中・下巻もそうなので)
『短歌研究』に3回にわたって掲載された千種創一先生の作品連載三十首「つぐ」、ほんとうに素晴らしい。(2022年の4月、8月、11月号です)
iPhoneのios17(あるいはsafari?)では、Hiragino Sansやsens-serifがのフォントが太く表示されるようで、私のサイトも同様です。どう対処しようかな……。
いまさらなのですが、再びいいねボタンをつけてみました。
間違って表示を消してしまっただけで土台は作ってあったのですぐに設置できましたね……。
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横須賀の遊覧船「シーフレンド7」の擬人化です。
軍港を見て回るクルーズをしている、めちゃくちゃ可愛い()です。


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船上からは写真が撮り放題で、艦艇オタクがよく写真を撮ってます(艦艇オタクじゃない人も撮ってるけど……)(当たり前)。
このてがろぐに描いたイラストも投稿したら閲覧しやすいのかな…と思うのですが、tumblrに投稿すれば容量を喰わないのに惹かれてしまいなかなか投稿しておりません。ここにも投稿しようかな。
tumblrは広告もないし閲覧はしやすいのですが、編集する側としては扱いづらいです。スマホで直接アプリの投稿欄に書き込んでる人とか猛者だな…と思います。
ちょっとした小ネタとかも文章では書きづらい、書く気が失せるので、てがろぐにもあげようかな……。
pixivに続き、サイトに掲載されている「大脱走」も最新の原稿に差し替えました。もう少し加筆修正をします。
不備があったら教えてくださいね~!ではなく、自分で最低限の確認をせねば…
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Kawasaki Kisen Kaisha 川崎汽船
Mitsui O.S.K. Lines 商船三井(大阪商船と三井船舶が合併してできた会社)
Nippon Yusen Kaisha 日本郵船
本書には、表現を和らげる潤色、ノスタルジア、ロマンチックな美辞麗句はない。わたしは、東南アジアの植民地港湾都市という、発展途上の「近代」の過酷な景観のただ中を生きた日本人女性たちの、悲痛、苦悩、混乱、達成、愛情や大きな犠牲に集中することに力を注いだ。この社会史を通して、過去の日本人娼婦たちは、かつてのかの女らに関わりのあった事柄や、二一世紀初頭のいま、わたしたちに関わりのある事柄を、現世代に語りかけてくる。シンガポールのからゆきさんの人生のきわめて個人的な記録が、わたしたちに語りかけてくるのだ。娼館のドアの向こうから、かの女らの謙虚さと辛抱強さという昔かたぎの美点を、貧困と社会的不平等を、社会的な抑圧と悲哀を、情熱と孤独を、そして切望や死を。

ジェームズ・フランシス・ワレン『阿姑とからゆきさん』「日本人読者への「序文」」

#「渺渺録」(企業擬人化)
「大脱走」を完結させた今、短編漫画を描くとなんとなく物足りなさを感じるようになってしまった。とはいえ、2年以上かけて140ページだから、このスパンで長編を書き続けると多くの話は描き切れまい……。
(不備を見つけたら教えて頂けると嬉しいです…)
「大脱走」サイト・pixiv版は加筆修正前のものなので、ぼちぼち差し替えてていくか…とは考えています。週末にやりたい。忘れないようにしないと。
折しも、一八九〇年代に急速に近代化した日本は、東南アジアの要所を結ぶ自前の海運会社をもつまでになっていた。密出国者や移住者の乗客が増え、利益を得たのは人買い商人と船会社であった。そして、シンガポールの不衛生な裏通りに閉じ込められた移住者として、からゆきさんは、外貨送金によって日本の経済に貢献することになった。

/『阿姑とからゆきさん』「終章 娼婦たちの人生の再現」
#「大脱走」(企業擬人化)
#「渺渺録」(企業擬人化)
iPhoneでこのサイトを見ると、妙に文字が太い。どうにか修正したいです。
わたしは本書において、個々の人や集合的な群像について、またかの女らの人生がいかに紡がれたかについて、できるだけ自然にまた愛情をもって語った。まるで、オヨシ、オイチ、ドゥヤ・ハダチやその他大勢の人びとが、一歴史研究者の「屋根裏部屋の友だち」であるかのように。いろいろな意味で、本書に登場する多くの人物には弱点があり、その希望と絶望が固くもつれており、幸せを求めていたにもかかわらず、夢は破れてしまった。逆説的ではあるが、女性たちが跡形もなく記録から抜け落ちたようなとき、かの女らが歴史研究者たちを悩ませる致命的な選択をしたことに、わたしは気づかされた。

/『阿姑とからゆきさん』 「日本人読者への「序文」」
#「渺渺録」(企業擬人化)
 これも哀れなふねなのだ、とあるぜんちな丸は思った。あるぜんちな丸の妹同様、かつて受けた愛を忘れられないでいる。再びあの愛情を得られないからこそ積極的に捨て去ろうとしている。自ら進んで捨てることで主体性を確保しようとしている。足掻き、苦しみ、悶えている。今持ちえている(ので、あろう)軍艦の威容を誇ろうとする。わが妹とは違い、貨客船新田丸の姿を留めたまま沈没するという栄誉を得ることはなかった航空母艦、冲鷹。
#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)
メモの切れ端

からゆきさんが海を越え出したころ、九州を中心に志士と自称した西南の役の敗者の流れを汲んだ人びと(大陸浪人とも呼ばれる)がいて、彼らは「西欧に追従している」政府の人間ではなく新しい君主を求めて清国や朝鮮、露西亜を行き交った。日清戦争から三国干渉にかけてはことに多くの志士が大陸の奥地へ入り込んでいった。こうしてかつて特権階級にあった士族と貧しく村を出るしかなかった娘たちは海外で相見まえる時があった。(「天草灘」『森崎和江コレクション3』)

真偽はどこまで信ずればいいかわからないが、からゆきさんが暗号簿を盗んだり情報を入手したりしていた記録はある。(「天草灘」『森崎和江コレクション3』)
「後発組」の原文はあくまで"..., he came later."とのことでした。原文の確認という基礎を忘れていたわね…
警備局の人々もそうだけど、MBに難色を示していた評議会(「ホーム」の冒頭に出てきた議員も含まれているはず)も意見を変えているのが「地味にあぶり出る背景」を感じるし、『マーダーボット・ダイアリー』には「地味にあぶり出る背景」が多すぎてそこが魅力的

『マーダーボット・ダイアリー』の「グラシンは『後発組』だ」発言の名称「後発組」は、「冷凍船の後発でやって来た」のではなく、プリザベーション連合の「如何なる存在も受容する」理念のもと、移民・移住民のことを「後発組」の名で呼んでいるのでは…
ラッティたちが先発、グラシンが後発なのではなくて、グラシンは純粋な移民なんじゃないか…と思っているのだがどうだろう 考えすぎか?

マーダーボットが考えているように「強化人間だから疎外感を感じている」のではなく、移民で、おそらく肌の色も(周りが有色人種な中で)明るめで、そこに引け目があるのではないか…MBに人種という考えが希薄なだけで 考えすぎか?
「信仰問答」に関して、四五年五月に富田統理と村田教学局長がその内容を内示して諒解をうるため文部省を訪れた時のことである。

その草案の第二問の問い、日本基督教団の本領は何処にあるか、の答として本教団の本領は、皇国の道に則りて基督教立教の本義に基き、国民を教化し以て皇運を扶翼し奉るにあるとあり、さらに第四問の問い、皇国の道に則るとは如何なる意味であるか、の答にはイエス・キリストによって啓示せられ、聖書の中に証示せられ、教会に於て告白せられたる神を信じ、其の独子イエス・キリストを救主と仰ぎ、聖霊の指導に従ひ、心を尽して神と人とに仕へ、以て臣道を実践し皇国に報ずることである。教団はここまで譲歩したのであったが、文部省の教学局長は、次の二つの点を指摘して訂正を要求した。すなわち、一、創造神と天皇との関係現人神である天皇をキリスト教の神の被創造者として神とキリストとの下に置くことは、天皇の神聖を汚して天皇への不敬となる。天皇の神聖を認めなければ、キリスト教の日本化とは言えない。日本化しない宗教は日本では認められない。二、キリスト復活の信仰、復活信仰は幼稚で奇怪な迷信であるから、これを信仰問答から除外せよ。富田と村田はもとよりそうした要求に応ずることはできなかった。二人は真実を吐露して信仰の本質から説いてその意味を説明した。そして「私どもは今日まで日本国民として、心から日本を愛し、日本の非常時体制に即応し協力してきたのだが、信仰の最後の線から退くわけにはいかない。ですから、そこまで仰言るのでしたら、私どもにも最後の覚悟があります」という意味のことを言った。その時二人は心の中で殉教を覚悟していた。教学局長は、その気合いに押されたのか、いくらか折れたで、「では、こちらも考えておくから、そちらでもよく研究してくれ」といった。帰途、二人は「いよいよ殉教かも知れないね」と語り合った。

そして、この問題については文部省からは何の連絡もないままで敗戦となったのである。
一方的に追い立てられ、攻めたてられて、その最後の抵抗線まで破られようとしたその時、教団の執行部は、はじめて「殉教」という言葉を口にしたのである。

/『国家を超えられなかった教会』100頁
教会堂は徴用され信徒たちも応召し、また九州や台湾に疎開し、牧師も疎開の引率者、徴用、戦火を避けて、軍に睨まれていることを知って犬死したくないと沖縄を去った、ある者は戦場に消え、ある者は土竜のような生活で生きのび、ある者はスパイ容疑で殺され、少なくない者が栄養失調やマラリアで死んだ。
戦争が終わった時には教会は跡形もなく、会堂は戦火で破壊され尽くされていたし、生きのびた信徒は他の生きのびた信徒の行方も知らなかった、強制疎開、徴用もあったから逃げることは悪ではなかった、にも関わらず、教会が下した「判断」とそこから起こった状況への対応に問題を感じる。
というのは、沖縄の教会の問題は他府県出身の牧師たちが引きあげたからだと考えていたが、その中には沖縄県出身の牧師もいた、また戦火で信徒が全滅したわけでもなかった、沖縄の教会は、迫りくる戦争と疎開政策の中で為された教職と信徒の「決意と行為」によって、自然消滅したのである。…

という意味合いの『国家を超えられなかった教会』の文章、ここまで冷静に挫折を語る文章はまたとない。
『国家を超えられなかった教会』も読まねば…