カテゴリ「小説」に属する投稿[31件](3ページ目)
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2024年1月15日 この範囲を時系列順で読む
生きる為に外洋で春をひさぐおんなたちを唐行き天竺行きのおんなたちを船底に隠して運んでやるのだ、女と船員の共犯者であり船である俺はそれを止めることができないのだ、けどもいつしか彼女たちを日本へと帰してやりたいのだ、迎えてあげたい、もしかしたら送り出したおんなたちは南洋でたくさんの富を築いていて、一等船客として貨客船の船友に乗りこの国へ戻ってくるかもしれぬ、俺はおなじ海で、おなじ船としてそれを見届けるのだ……とある知り合いの船はいった。彼はどこの船だったかな、もしかしたら、三池炭を運んでいたことがあったのかもしれない。
#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)
#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)
「タバコは要りますか?神鷹」
「いいえ。結構よ」
まるで軍隊の粗野さからは程遠く、かつての貨客船時代の一等客すら彷彿とさせる典雅な響きをもって、元国策豪華船と元独逸優秀貨客船であった軍艦両者の会話は始まり、終わった。艦長に聞かれでもしたらきつぅく窘められそうな言葉遣いになってしまったな、と海鷹は思った。
***
元貨客船のなかには、艦梯を登る際に大きくだぼついた軍袴の横部をドレスを引くように掴んで笑われた者もいるというのだから、その身に宿すふねの性〔さが〕は深いものだ。人間たちは、そのことを都合よく忘れている気がする。ふねは皆ふねでしかない、という幻想が人間たちの思惑の間いっぱいに漂っている。特設艦艇という身に貨客船たちが容易に適応できると思っている。もちろんそうある船はいる。そうじゃない船もいる。人間たちの国家や国籍や民族名を統合したり分割したりしても、容易にその心情までは追いついてこないのとおなじなのだ。もっとも本土に閉じこもっている偉い人間たちがそれに気づくとも思えない。あるぜんちな丸は外国が好きだった。外国や外国人、外国にいる、外国に行く日本人が好きだった。本土の人間は小さくて適わんという言葉は船長から三等客までに聞かせられる囁きだった。
***
船であることというよりも貨客船であることにつよく誇りと自負があった妹、ぶら志"る丸は、航空母艦としての誉れを受ける前に早々にその身を海深くへと没していた。あれは亜米利加軍の雷撃がなくとも、たとえ一隻でも自ら死を選んだに違いない、というのが彼女の姉たる海鷹の見解である。わが身を航空母艦の何鷹云々に成すなんて、あの子は決して許さなかっただろう。
実際、特設運送船ぶらじる丸になったあたりからあの子は明らかに精神的不調を抱えていたし、その不調はその当時の軍隊での疲労や苦痛というよりもむしろ、それ以前に持ちえた過去が問題なのだった。
貨客船として人間達に愛されすぎたのだ、と海鷹は思った。妹はその愛情溢れる過去を過去であると捨て去ることができなかったのだ。そうしてわが身いっぱいに重い思い出を抱えた彼女は米潜の雷撃で沈んでいった。過去と共に。船の身と共に。誇りと共に。愛しき船長と共に。
人間全般にも特定の人間にも貨客船としての自分にも、つよい愛着を持たなかったことが軍艦海鷹を海へと沈めなかった要因なのかもしれない。
***
「私はもう軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ軍属」
軍艦冲鷹が特設運送船へ放ったこの言葉に、その場は北方海域より寒い零度となった。「……冲鷹、」と彼女をたしなめたのは大鷹型航空母艦のネームシップ、我らが”長兄”たる大鷹であった。
「下らない揶揄は止せ」
「揶揄ではない」
「なら尚更止めろ」
冲鷹を呼ぶ大鷹が一瞬言葉を言い淀んだのは、長女だった姉に本当は何と呼びかけるつもりだったからなのかな、と海鷹はぼんやりと思った。私はもう、軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ、軍属。このあっさり放られた言葉に含まれる、戦時下の軍隊のふねたちの見事な政治性!元貨客船新田丸は無邪気で哀れ、愚かな軍艦役者だが、彼女のこの言葉の鮮やかさは手放しでほめてやりたかった。すなわち、未だ商船の名残を留めたる輸送船に対し、すでに商船でない商船改造空母が軍艦であることで優越を誇る海軍という場の、露骨なまでの軍隊ざま、すさまじき地獄っぷりである。
ここではそうあることでしか我々は生きれないという今一度の再確認を、海鷹は冲鷹から賜ったのだ。そしておそらく、大鷹も。
…だいたい、どうして私が彼女を責められよう、と海鷹は思った。この泣きそうな輸送船の船名も、私は最後まで覚えられなかったのに。
#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)
「いいえ。結構よ」
まるで軍隊の粗野さからは程遠く、かつての貨客船時代の一等客すら彷彿とさせる典雅な響きをもって、元国策豪華船と元独逸優秀貨客船であった軍艦両者の会話は始まり、終わった。艦長に聞かれでもしたらきつぅく窘められそうな言葉遣いになってしまったな、と海鷹は思った。
***
元貨客船のなかには、艦梯を登る際に大きくだぼついた軍袴の横部をドレスを引くように掴んで笑われた者もいるというのだから、その身に宿すふねの性〔さが〕は深いものだ。人間たちは、そのことを都合よく忘れている気がする。ふねは皆ふねでしかない、という幻想が人間たちの思惑の間いっぱいに漂っている。特設艦艇という身に貨客船たちが容易に適応できると思っている。もちろんそうある船はいる。そうじゃない船もいる。人間たちの国家や国籍や民族名を統合したり分割したりしても、容易にその心情までは追いついてこないのとおなじなのだ。もっとも本土に閉じこもっている偉い人間たちがそれに気づくとも思えない。あるぜんちな丸は外国が好きだった。外国や外国人、外国にいる、外国に行く日本人が好きだった。本土の人間は小さくて適わんという言葉は船長から三等客までに聞かせられる囁きだった。
***
船であることというよりも貨客船であることにつよく誇りと自負があった妹、ぶら志"る丸は、航空母艦としての誉れを受ける前に早々にその身を海深くへと没していた。あれは亜米利加軍の雷撃がなくとも、たとえ一隻でも自ら死を選んだに違いない、というのが彼女の姉たる海鷹の見解である。わが身を航空母艦の何鷹云々に成すなんて、あの子は決して許さなかっただろう。
実際、特設運送船ぶらじる丸になったあたりからあの子は明らかに精神的不調を抱えていたし、その不調はその当時の軍隊での疲労や苦痛というよりもむしろ、それ以前に持ちえた過去が問題なのだった。
貨客船として人間達に愛されすぎたのだ、と海鷹は思った。妹はその愛情溢れる過去を過去であると捨て去ることができなかったのだ。そうしてわが身いっぱいに重い思い出を抱えた彼女は米潜の雷撃で沈んでいった。過去と共に。船の身と共に。誇りと共に。愛しき船長と共に。
人間全般にも特定の人間にも貨客船としての自分にも、つよい愛着を持たなかったことが軍艦海鷹を海へと沈めなかった要因なのかもしれない。
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「私はもう軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ軍属」
軍艦冲鷹が特設運送船へ放ったこの言葉に、その場は北方海域より寒い零度となった。「……冲鷹、」と彼女をたしなめたのは大鷹型航空母艦のネームシップ、我らが”長兄”たる大鷹であった。
「下らない揶揄は止せ」
「揶揄ではない」
「なら尚更止めろ」
冲鷹を呼ぶ大鷹が一瞬言葉を言い淀んだのは、長女だった姉に本当は何と呼びかけるつもりだったからなのかな、と海鷹はぼんやりと思った。私はもう、軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ、軍属。このあっさり放られた言葉に含まれる、戦時下の軍隊のふねたちの見事な政治性!元貨客船新田丸は無邪気で哀れ、愚かな軍艦役者だが、彼女のこの言葉の鮮やかさは手放しでほめてやりたかった。すなわち、未だ商船の名残を留めたる輸送船に対し、すでに商船でない商船改造空母が軍艦であることで優越を誇る海軍という場の、露骨なまでの軍隊ざま、すさまじき地獄っぷりである。
ここではそうあることでしか我々は生きれないという今一度の再確認を、海鷹は冲鷹から賜ったのだ。そしておそらく、大鷹も。
…だいたい、どうして私が彼女を責められよう、と海鷹は思った。この泣きそうな輸送船の船名も、私は最後まで覚えられなかったのに。
#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)
- 「大脱走」(企業擬人化)(20)
- 「渺渺録」(企業擬人化)(13)
- 「海にありて思うもの」(艦船擬人化)(13)
- 『マーダーボット・ダイアリー』(10)
- おふねニュース(8)
- 「蛇道の蛇」(一次創作)(8)
- 「空想傾星」(『マーダーボット・ダイアリー』)(6)
- 企業・組織(6)
- 実況:初読『天冥の標』(5)
- 「時代の横顔」(企業・組織擬人化)(5)
- 今読んでる(5)
- 感想『日本郵船戦時船史』(3)
- きになる(2)
- 『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』(2)
- 「『見果てぬ海 「越境」する船舶たちの文学』」(艦船擬人化)(2)
- 「人間たちのはなし」(艦船擬人化)(2)
- 『青春鉄道』(2)
- 読了(1)
- 「テクニカラー」/「白黒に濡れて」(艦船擬人化)(1)
- 「かれら深き波底より」(一次創作)(1)
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#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)