そして、こうやって記憶の中の風景を再生産していくことは、戦争を二度と起こさぬための予防措置として長らく人々に信じられてきたが、それが何度も繰り返されるうちに、しばしなぜそのような風景がもたらされたかということについては、単純な回答しか用意されなくなったのが現状だろう。 […] オーラルヒストリーの有用性を認めたところで、個人間における偏差は埋めようもないほどに大きいもので、しかも振り返ることによって物語化され整合化された記憶ほど当てにならないものもない。そしてまた、ここでこうやって「戦争を語ること」自体が、再び戦争を物語化してしまうような制度を再生産してしまうことも覚悟しなくてはならない。 /『洋服と日本人』 引用 2025/08/31
[…]
オーラルヒストリーの有用性を認めたところで、個人間における偏差は埋めようもないほどに大きいもので、しかも振り返ることによって物語化され整合化された記憶ほど当てにならないものもない。そしてまた、ここでこうやって「戦争を語ること」自体が、再び戦争を物語化してしまうような制度を再生産してしまうことも覚悟しなくてはならない。
/『洋服と日本人』