そこに二、三日いる間に、避難民が十人余り雪崩れ込んできたことがありましたね。そこは兵隊の陣地壕ですから、民間人は入れなかったんですよ。それでも、あんまり艦砲が烈しいので、一寸の間だけ入れて下さい、と泣き込んで入ってきたんです。その人たちの中に、子持ちの女の人がいました。その女の人の二歳ぐらいになる男の子供が、あんまり泣き喚くもんだから、兵隊がひどく怒って、叱りつけたんですよ。子供を泣かすなって。それでも子供は泣きやまない。そしたらね、そのお母さんは、子供をつれて出て行ったんですけどね。しばらくしたらそのお母さん一人だけで帰ってきたんですよ。子供をどうしたのか、判りませんけどね。おそらく、子供を捨ててきたと思うんですけどね、そのお母さんも何も言わないし、誰も子供のことを訊こうともしませんでした。 /「旧首里市」『沖縄県史 第9巻(各論編 8 沖縄戦記録 1)』大城志津子氏の証言 #「渺渺録」(企業擬人化) 引用歴史・時代/〃もの 2025/08/24
/「旧首里市」『沖縄県史 第9巻(各論編 8 沖縄戦記録 1)』大城志津子氏の証言
#「渺渺録」(企業擬人化)