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No.1350
- 「渺渺録」(企業擬人化)(58)
- 『マーダーボット・ダイアリー』(22)
- 「大脱走」(企業擬人化)(20)
- 実況:初読『天冥の標』(16)
- 「海にありて思うもの」(艦船擬人化)(13)
- おふねニュース(10)
- 読んでる(8)
- 「蛇道の蛇」(一次創作)(8)
- 「時代の横顔」(企業・組織擬人化)(6)
- 「空想傾星」(『マーダーボット・ダイアリー』)(6)
- 企業・組織(6)
- 読了(3)
- きになる(3)
- 感想『日本郵船戦時船史』(3)
- 『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』(2)
- 「『見果てぬ海 「越境」する船舶たちの文学』」(艦船擬人化)(2)
- 「人間たちのはなし」(艦船擬人化)(2)
- 『青春鉄道』(2)
- 御注文(1)
- 入手(1)
- 「テクニカラー」/「白黒に濡れて」(艦船擬人化)(1)
- 「かれら深き波底より」(一次創作)(1)
[※未完成の小説の切れ端]
バン、と音鳴り響いて倒れた椅子はかろうじて壊れなかった。
彼のその怒気迫る表情に身が凍ったのは清澄丸だけではあるまい。
椅子が大音を立てて倒れたのは、愛国丸がなりふり構わず猛然と立ち上がったからである。もともと軽薄な出で立ちが目立つふねであったから、その蛮行には清澄丸だけでなく周りの軍人達も驚き固まっていた。
愛国丸はそんな周りの多少の困惑と嫌悪の視線を気にすることもなく、なんなんだよ、と小さく呻いた。その声を耳に拾えた人間はわずかだった。清澄丸は確かに拾っていた。まるでこの世のすべてを憎んでいるような、低い声色だった。
「……なんなんだよ……。通商破壊なんて……っ、通商破壊なんて、粘り強くやらんと意味がないでしょう!船は一朝一夜で狩れるもんじゃないんだ!そんなこともわからんのですか!」
大日本帝国海軍の特設巡洋艦愛国丸は、通商破壊戦について人間たちに――己の運用者たる乗組員と軍上部に――一言物申したいのだった。否、特設巡洋艦だったもの、か。愛国丸は特設巡洋艦の任を解かれ特設運送船となる。いまがまさにこれからの特設運送船としての任務についての会議だったから、愛国丸もその己の未来と新しい使命とを受け入れていたと思っていた、のだが。
「やれますよ!俺にもう一度軍服を着させてくださいよ!なんでもいいから砲を、……砲を、兵装をくださいよ!」
と愛国丸は身を取り繕うもなく叫んだ。それは半ば悲鳴に近かったのかもしれなかった。特設巡洋艦としての蛮声なのか貨客船としての悲鳴だったのか、それはもう清澄丸には判別はつかなかった。
会議室の空気が急激に冷たくなっていくのを清澄丸は感じた。この状況は危険だ、と清澄丸は思った。乗組員はともかく軍の人間を怒らせることはできない。
立ち上がり彼を制止しようとしたが、彼より背の低い清澄丸が肩を掴む程度で止められるのなら元から騒ぐはずもない。
「愛国丸止めろ、」
「船を狩らせてくださいよ!俺になら出来るんだ!!やらせてください!!」
「愛国丸!!」
後ろから羽交い絞めにして制止する清澄丸をまったく眼中に入れず、しかし強く押し留められた愛国丸は、言葉にならない言葉を呟いてそのまま床に項垂れた。かろうじて聞こえた言葉は「にいさん」と「いまさら」だった。
清澄丸はふと思い出す。船の現身たるこの愛国丸は、特設巡洋艦の擬装を受けるまえは女性の姿をしていた、と言っていたことを。麗しきわが身を今更惜しいと彼は思うのか。そうではあるまい。愛国丸は一度も貨客船としての航跡を往かなかったし、いまさらそんなことに憧れているとも思えない。
「特設巡洋艦なんだ……頼むから……」
彼が憧れていたのは軍服を着続けること、軍隊で地位があること、屠られるよりも屠る側に居続けることなのかもしれなかった。
「落ち着けよ愛国丸……」