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喫水はまだ甘くまだ浅くある

津崎のメモ帳です。絵ログ、お知らせ、日常など。

No.1070

 あなたは慰安ユニットだったから、名前は持たない。持つ必要も感じない。自身に名前をつける気もない。じつは過去に一度、あなたは名前を与えられたけれど、それもすぐになかったことになっている。
 あなたはいつもどおり厚手のワンピースを着る。この服は身の曲線を隠してくれる。警備ユニットや戦闘警備ユニットにとってのアーマーとおなじなのかもしれない。あなたにとって、自分の曲線は欠点だった。でも、慰安ユニットにとっては必要なものだったので、仕方ないと諦めている。
 あなたは身を整えて、鏡の前に立つ。自分の姿を確かめる。厚手のワンピースは少しほつれはじめていて、そろそろ買いかえなければならないことに気づく。それに少し悲しくなる。
 あなたは鏡に映る自分に気づいて、無意識ににこ、と笑いかけてしまう。そして自分の笑顔を見て、嫌悪感を感じる。わたしが他者に笑いかけることは、常に全面降伏を認める癖のようなものだ、と思ってしまう。(笑わない慰安ユニットが、笑顔を強制されない慰安ユニットがいたらどんなだろう。)あなたはそんな時に、戦闘警備ユニットか戦闘ボットになりたい、と強く思う。
 そしてあなたは、靴を履き、家を出てプリザベーション連合の市街へと行く。

#「空想傾星」(『マーダーボット・ダイアリー』)

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