うつくしき貨物を運べば共犯者なり

津崎のメモ帳です。絵ログ、お知らせ、日常など。最下部にカテゴリー・タグ一覧あり。
良い…と思ったらぜひ押してやってください(連打大歓迎)
のちほど小説などをここにも上げようと思います。なるべく統合したいよね…
タイトル(「喫水はまだ~」)下に「# 感想」を付けてみました。タグというかカテゴリー「感想」に飛べます
てがろぐのカスタム絵文字、何を登録すればいいのかまるで見当がつかない……
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6/1コミティアで頒布します。おそらく(まだ未定ですが)無配。
中井久夫が「出来上がった自分の本をひたすら矯めつ眇めつする時期」を「ハネムーン期」と呼んでいたんだけど、じゃあ「同人誌が届くまで気が気でなくて何も手につかない着日当日」のことなんて言うの?「結婚前夜」?
僕はレトロ印刷ともっと仲良くなって船の紙ものを出したいんだ
昔は人体のジの字も考えずに描いていたけど、最近は苦慮しているのでどうにか向上はしている
『天冥の標』紙でも全巻集めたいぞ
読書記録用のてがろぐを稼働させようかな…いやこれ以上てがろぐを増やすのをやめろ、になっている。
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作品ログを見ていて改めて思うのだが、最近漫画をあまり描いていない……。描きたいですね。
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最近白黒線画ばかりを描いているのは、「そもそも線画の段階でスマートな絵ではない」という事に気付いたためです 試行錯誤です
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カットされた下部の小説は当日のお楽しみ!ということで
こんな感じの277×400mmのクソデカ小説ペーパーです コミティアで頒布します
レトロ印刷のリソグラフです
100円、200円か、無配かは謎です。無配かもしれない。それは当日に……

すべてが謎ですね…
ちなみにですが、Wordpressサイトのトップに「24(このてがろぐ)」と「作品ログ」てがろぐの最新の更新が2件ずつ表示されていると思います。あれはRSSを使っています。
Wordpressで挿入できるものに「段落」「画像」「ギャラリー」「スペーサー」などと同様に「RSS」があるので、そこにURLをもとにRSSを調べて、それを挿入する形です。
個人サイトはともかく、はてなブログなどはRSSを使って更新を確認しています。
RSSのことはそれこそネットに触れ始めた頃から知っていましたが、それがどんな機能だったのか知ったのは数年ほど前のことでした。
RSSは特定のブログが更新されると通知を受けとることができるものです。
feedlyが一番便利だけど料金が高すぎるので、「Feedbro」というブラウザの拡張機能を使っています。
このてがろぐは1日ごとに「日付境界バー」が挿入されていて、各投稿に投稿時間だけが表示されています。

①てがろぐの設定>ページの表示>「日付境界バーの挿入位置」>「原則の挿入位置」を「日の境界で挿入」、に設定
②てがろぐのHTML(one-log)で日付のみを消す=時間だけ残す。つまりyyyy-MM-dd HH:mm:ssの、HH:mmだけを残す

とできます。正直このほうがコンパクトに見えて、初期設定より好きだ。
こんな僻地の個人サイトでいいねボタンをポチ…ポチ…して下さる方 ありがとうございます
pixivに上げれば大丈夫、Twitterに上げれば大丈夫、みたいなもの、いわばプラットフォームの崩壊
閲覧する側としては四苦八苦するんだけど(良作品がいろんなところに分散しすぎ)、上げる側としては四苦八苦に+解放感や若干の安堵はある。統合されているといろんなものが可視化されるのも事実なので……。インターネットは多少面倒で、遅くあったほうがいい
実際、主人公クンもあそこまで陽気じゃないしな…
「マーダーボット」ドラマ、面白いしソツなく美術化されているので、自分で二次創作する時に影響されすぎないようにしないと…となる
もっと小説を読まねば、と思うんだけど、小説特有の「余白の解釈」「息づかいを合わせる」が苦手だ。ぜんぶ説明して欲しい。解釈の余地が面倒くさい
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「かずきめ」視点が姉→妹→姉→妹→姉…になっているんだね。マジで未成のシスターフッドだ…
李良枝「かずきめ」の一番印象的な一文は「彼女の役は、もし彼女がこの家にやって来なければ、景子が担わされていたかも知れなかった」かもしれない
いちおう新刊はあるので…。
懺悔 最近はコミティアの無配ではなくマーダーボット世界の福祉小説を書いてます。意味が解りませんね。どうにでもな~れ


「マーダーボットのドラマを観る決心がまだついてません 誰か隣で手を握ってほしい…」と投稿しようとして、いやそれARTとマーダーボットじゃん……となって自分で笑っちゃった 今思えばあれは結構なオタクしぐさだ
個人的経験が社会的認定になる、というのは戦争の体験が戦争の記録となるのも一緒なので、そのあいまを埋めるのが、記録しか知らない私たちが「体験として」感じ取ることができるのがフィクションの力なんじゃないか…という話を先日のスペースでした話(です。しゃべるの下手すぎた)
ある種の難題的人生が社会用語へ収斂されていくさま、一個人の文学的ともいえる体験が行政に障害として認定されるさま…を考えてその小説を書いているのだけど、個人と個人のあいだにあったあらゆる生と絶望が、その結末を迎えた後、第三者の口で一言「心中」と表現されて終わるのもそれに該当するかも
小説を考えている最中なんだけど、「『二人で死のうか』というセリフは一種の告白みたいだな…いやそれはいわゆる心中だし、『曾根崎心中』以前から散々擦られてきたでしょ?いやでも擦られコンテンツのわくわくした心中とかじゃなくてさ…『二人で…』いやだからそれはただの心中じゃん」という一人芝居を延々と脳内でしている
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