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カテゴリ「艦船擬人化」に属する投稿[73件](2ページ目)
2025年5月24日 この範囲を時系列順で読む
「よい遊覧船だったと思います」「艦艇なのに戦闘を経験しなかったの、そう望まれた生き方だったのよ」「処女航海で緊張していてワインをお洋服に零しちゃったの」「ほかの水上艦と一緒に満艦飾をしてみたかったなぁ、進水式でしかできない掟だったんです」「名前を覚えられることすらなかった小さな船生だったし、この先もみんな知らないままだろうと思います」「あとに残していく弟たちが心残りです、未だにあいつらに海のいろはも教えられていないのに」「いつでも海は優しいと教えてくれた社の人たちには感謝しきれないです」「私の艦は気風が厳しいと泣いてるひとがいた」「船に関わる人たちすべてを笑顔にできたわ、誓って言えます」「皆がぼくの写真を撮ってくれた」「愛されていたわ」「怖がられていたの」
某にて
「さっきぼくは夢を見ました」「夢」「オーストラリアに行く夢です」「すごーい!こくちゃんもついに輸出されちゃったの?」「そうかもしれない!しれない!」「で?」「オーストラリアのひとと仲良くなったり」「うん」「オーストラリアのお酒を飲んだり騒いだり」「いいね~」「ちょっと日本にも帰ってきて」「うんうん」「『横須賀市民の皆さんへ!こちら海上自衛隊潜水艦こくりゅう!もし聴こえている方がいたら海岸まで出てきてください!』って海から呼びかけるんだけど」「うん?」「誰もいないワケ」「……」「で、そのうち乗員が勝手に陸に上がっちゃって、『みんな死んでる、両親も娘も』って言うんだけど――」「それ僚艦は南米にいるやつでしょ?知ってる」
「さっきぼくは夢を見ました」「夢」「オーストラリアに行く夢です」「すごーい!こくちゃんもついに輸出されちゃったの?」「そうかもしれない!しれない!」「で?」「オーストラリアのひとと仲良くなったり」「うん」「オーストラリアのお酒を飲んだり騒いだり」「いいね~」「ちょっと日本にも帰ってきて」「うんうん」「『横須賀市民の皆さんへ!こちら海上自衛隊潜水艦こくりゅう!もし聴こえている方がいたら海岸まで出てきてください!』って海から呼びかけるんだけど」「うん?」「誰もいないワケ」「……」「で、そのうち乗員が勝手に陸に上がっちゃって、『みんな死んでる、両親も娘も』って言うんだけど――」「それ僚艦は南米にいるやつでしょ?知ってる」
2025年5月23日 この範囲を時系列順で読む
もはやなにものにもなれぬ
[※未完成の小説の切れ端]
バン、と音鳴り響いて倒れた椅子はかろうじて壊れなかった。
彼のその怒気迫る表情に身が凍ったのは清澄丸だけではあるまい。
椅子が大音を立てて倒れたのは、愛国丸がなりふり構わず猛然と立ち上がったからである。もともと軽薄な出で立ちが目立つふねであったから、その蛮行には清澄丸だけでなく周りの軍人達も驚き固まっていた。
愛国丸はそんな周りの多少の困惑と嫌悪の視線を気にすることもなく、なんなんだよ、と小さく呻いた。その声を耳に拾えた人間はわずかだった。清澄丸は確かに拾っていた。まるでこの世のすべてを憎んでいるような、低い声色だった。
「……なんなんだよ……。通商破壊なんて……っ、通商破壊なんて、粘り強くやらんと意味がないでしょう!船は一朝一夜で狩れるもんじゃないんだ!そんなこともわからんのですか!」
大日本帝国海軍の特設巡洋艦愛国丸は、通商破壊戦について人間たちに――己の運用者たる乗組員と軍上部に――一言物申したいのだった。否、特設巡洋艦だったもの、か。愛国丸は特設巡洋艦の任を解かれ特設運送船となる。いまがまさにこれからの特設運送船としての任務についての会議だったから、愛国丸もその己の未来と新しい使命とを受け入れていたと思っていた、のだが。
「やれますよ!俺にもう一度軍服を着させてくださいよ!なんでもいいから砲を、……砲を、兵装をくださいよ!」
と愛国丸は身を取り繕うもなく叫んだ。それは半ば悲鳴に近かったのかもしれなかった。特設巡洋艦としての蛮声なのか貨客船としての悲鳴だったのか、それはもう清澄丸には判別はつかなかった。
会議室の空気が急激に冷たくなっていくのを清澄丸は感じた。この状況は危険だ、と清澄丸は思った。乗組員はともかく軍の人間を怒らせることはできない。
立ち上がり彼を制止しようとしたが、彼より背の低い清澄丸が肩を掴む程度で止められるのなら元から騒ぐはずもない。
「愛国丸止めろ、」
「船を狩らせてくださいよ!俺になら出来るんだ!!やらせてください!!」
「愛国丸!!」
後ろから羽交い絞めにして制止する清澄丸をまったく眼中に入れず、しかし強く押し留められた愛国丸は、言葉にならない言葉を呟いてそのまま床に項垂れた。かろうじて聞こえた言葉は「にいさん」と「いまさら」だった。
清澄丸はふと思い出す。船の現身たるこの愛国丸は、特設巡洋艦の擬装を受けるまえは女性の姿をしていた、と言っていたことを。麗しきわが身を今更惜しいと彼は思うのか。そうではあるまい。愛国丸は一度も貨客船としての航跡を往かなかったし、いまさらそんなことに憧れているとも思えない。
「特設巡洋艦なんだ……頼むから……」
彼が憧れていたのは軍服を着続けること、軍隊で地位があること、屠られるよりも屠る側に居続けることなのかもしれなかった。
「落ち着けよ愛国丸……」
[※未完成の小説の切れ端]
バン、と音鳴り響いて倒れた椅子はかろうじて壊れなかった。
彼のその怒気迫る表情に身が凍ったのは清澄丸だけではあるまい。
椅子が大音を立てて倒れたのは、愛国丸がなりふり構わず猛然と立ち上がったからである。もともと軽薄な出で立ちが目立つふねであったから、その蛮行には清澄丸だけでなく周りの軍人達も驚き固まっていた。
愛国丸はそんな周りの多少の困惑と嫌悪の視線を気にすることもなく、なんなんだよ、と小さく呻いた。その声を耳に拾えた人間はわずかだった。清澄丸は確かに拾っていた。まるでこの世のすべてを憎んでいるような、低い声色だった。
「……なんなんだよ……。通商破壊なんて……っ、通商破壊なんて、粘り強くやらんと意味がないでしょう!船は一朝一夜で狩れるもんじゃないんだ!そんなこともわからんのですか!」
大日本帝国海軍の特設巡洋艦愛国丸は、通商破壊戦について人間たちに――己の運用者たる乗組員と軍上部に――一言物申したいのだった。否、特設巡洋艦だったもの、か。愛国丸は特設巡洋艦の任を解かれ特設運送船となる。いまがまさにこれからの特設運送船としての任務についての会議だったから、愛国丸もその己の未来と新しい使命とを受け入れていたと思っていた、のだが。
「やれますよ!俺にもう一度軍服を着させてくださいよ!なんでもいいから砲を、……砲を、兵装をくださいよ!」
と愛国丸は身を取り繕うもなく叫んだ。それは半ば悲鳴に近かったのかもしれなかった。特設巡洋艦としての蛮声なのか貨客船としての悲鳴だったのか、それはもう清澄丸には判別はつかなかった。
会議室の空気が急激に冷たくなっていくのを清澄丸は感じた。この状況は危険だ、と清澄丸は思った。乗組員はともかく軍の人間を怒らせることはできない。
立ち上がり彼を制止しようとしたが、彼より背の低い清澄丸が肩を掴む程度で止められるのなら元から騒ぐはずもない。
「愛国丸止めろ、」
「船を狩らせてくださいよ!俺になら出来るんだ!!やらせてください!!」
「愛国丸!!」
後ろから羽交い絞めにして制止する清澄丸をまったく眼中に入れず、しかし強く押し留められた愛国丸は、言葉にならない言葉を呟いてそのまま床に項垂れた。かろうじて聞こえた言葉は「にいさん」と「いまさら」だった。
清澄丸はふと思い出す。船の現身たるこの愛国丸は、特設巡洋艦の擬装を受けるまえは女性の姿をしていた、と言っていたことを。麗しきわが身を今更惜しいと彼は思うのか。そうではあるまい。愛国丸は一度も貨客船としての航跡を往かなかったし、いまさらそんなことに憧れているとも思えない。
「特設巡洋艦なんだ……頼むから……」
彼が憧れていたのは軍服を着続けること、軍隊で地位があること、屠られるよりも屠る側に居続けることなのかもしれなかった。
「落ち着けよ愛国丸……」
2025年4月11日 この範囲を時系列順で読む
2025年4月9日 この範囲を時系列順で読む
2025年3月31日 この範囲を時系列順で読む
2025年3月29日 この範囲を時系列順で読む
兄の存在に奪われた名前、姉の陰に隠れる美貌、兄姉の貨客船たる均整美を持たず、その影もとどめず、姿は戦時体制急ごしらえの特設巡洋艦、実際は特設運送船、しかしわが身のそのままをわが美しさと思いただその海にある、護国丸……
2024年12月1日 この範囲を時系列順で読む
優男風の企業擬某の設定、「女を風呂に沈めていそうな男」と同輩企業たちから思われており、そしてまた企業たちは企業たちで、はたしてそれを彼にだけ言えるのかと自問自答している、多くの人間を苦海に沈めた近代資本の申し子たち…
まあ石炭を輸出して儲けていて、その石炭を運ぶ船でからゆきさんを運んでいたので……
まあ石炭を輸出して儲けていて、その石炭を運ぶ船でからゆきさんを運んでいたので……
2024年11月16日 この範囲を時系列順で読む
2024年11月12日 この範囲を時系列順で読む
2024年11月11日 この範囲を時系列順で読む
2024年11月6日 この範囲を時系列順で読む
ある種の侵犯行為が身体性を持って迫ってくる話が欲しくて、それは特設艦船に欲しくて、なぜなら彼ら(彼女ら)は身を改造されて軍隊に統合されるからで、でも侵犯行為が身体性を持って身に迫ってくる話というべきものは性的なものとは分離し難く、しかしふね擬で性的なものなど描く気がない、という話
軍隊でのなじめなさ、性的な緊張感、自分は人間でないこと(それが特権であり孤独であること)、生理があること、子どもは産めないこと、それでも生きなければならないこと、死と沈没の区別がつくこと、人間にそれを混同されること、血を被ること、かつての華やかな航路、ドロッとした海、生臭い潮の匂い、改造時にどこかへ行ってしまった鮮やかな梅色のソファ、戦闘詳報と航海日誌のあいだ……
2024年11月5日 この範囲を時系列順で読む
2024年10月30日 この範囲を時系列順で読む
2024年10月28日 この範囲を時系列順で読む
護国丸 もっぱら特設運送船なので髪が長いと怒られがちなんだけど、髪を切られそうになると狂わんばかりに暴れまわるので容認されている…がそのせいで周りに髪をよく引っ張られる、という設定がある
愛国丸は早々に貨客船という出生を捨てているのだけど、護国丸にはそれでも失ったという事実そこから出発するしかないように思えていて、髪は切らない、自分の美学をいつどこでもいかなるときでも(そこが海軍でも)貫いていく(私は軟弱な姉さんとは違う、)
なので護国丸は男の姿をしている愛国丸のことを「姉さん」と呼んで憚らないし、報国丸はやさしいお兄ちゃんなので「弟」と呼んであげているという特設巡洋艦三姉妹たちの無法地帯
愛国丸は早々に貨客船という出生を捨てているのだけど、護国丸にはそれでも失ったという事実そこから出発するしかないように思えていて、髪は切らない、自分の美学をいつどこでもいかなるときでも(そこが海軍でも)貫いていく(私は軟弱な姉さんとは違う、)
なので護国丸は男の姿をしている愛国丸のことを「姉さん」と呼んで憚らないし、報国丸はやさしいお兄ちゃんなので「弟」と呼んであげているという特設巡洋艦三姉妹たちの無法地帯
2024年10月27日 この範囲を時系列順で読む
2024年10月25日 この範囲を時系列順で読む
2024年10月22日 この範囲を時系列順で読む
2024年10月5日 この範囲を時系列順で読む
架空文学論『見果てぬ海 「越境」する船舶たちの文学』
Ⅰ
1ディアスポラの海
2人間たちの喧騒
Ⅱ
1航海日誌から戦闘詳報へ
2特設艦艇の「故郷喪失」
3〈艦船一体〉の思想
特設艦艇の「故郷喪失」
一九六七年に日本船霊戦没記念会が発行した『戦時船舶文学大系』は、太平洋戦争時の船舶らが書いた文学を論じた文学研究書です。この序文には、以下のような記述があります。
「本書では、日本海軍に徴用されのちに艦艇に改造された船舶、いわゆる特設艦艇の文学を扱うことは、日本海軍の一員として全く違う道を歩んだ艦艇の文学を扱うことになるとの意見が出た」(本書、十頁)。
「どこまでが船舶文学で、どこからが艦艇文学かという線引きをはっきりさせるためにも、特設艦艇らの文学――彼らの書いた手記や往復書簡、小説や自伝――は除くことにした」(本書、十二頁、傍点は筆者による)。
あえてこのような書き方がなされているということは、日本船霊戦没記念会の会員の間では、『戦時船舶文学大系』で特設艦艇の文学を扱うことも検討されたのでしょう。結局、彼らにとって「特設艦艇文学は艦艇文学であった」ため、特設艦艇文学は『戦時船舶文学大系』から除かれることになったわけですが、はたしてそれが最良の選択だったと言いきれるでしょうか。
船舶に属しながらも総動員の名分のもと艦艇として生きざるを得なかった特設艦艇らの文学は、戦時下に目指されていた「艦船一体」の思想を紐解くにあたって、非常に有益な研究対象となるはずです。「どこまでが船舶文学で、どこからが艦艇文学か」――この艦船の切り分けに近い思想は、海運が戦時中に被った膨大な被害ゆえに軍を忌避するものであり、同様の不信感が、海運業界の人間らで構成されていた日本船霊戦没記念会にも存在したのかもしれません。
船舶として受け入れられない特設艦艇の艦霊は、時として艦艇の艦霊として受け入れられないこともありました。興味深いことに、商船から軍艦へと改造された特設艦艇らは、しばしば日本海軍内の艦艇たちに「成り上がり」として認識されていたのです(同時に船舶たちにしてみれば、特設艦艇らは再び船に戻ることのできない「成り下がり」でした)。生まれた時から菊の御紋を頂く軍艦たちにとって、特設艦艇らは急ごしらえの兵役のための船でしかなかったのです。
航空母艦「冲鷹」乗組員手記会が戦後に編纂した『海浪録』は、貨客船「新田丸」が航空母艦「冲鷹」として戦没するまでを記録した乗員や関係者の証言集です。この証言集からは、貨客船が軍に徴用され輸送艦となり、またのちに軍艦になることの船霊の心情が読み取れます。また、この証言集を補完するのは冲鷹(新田丸)自身の書いていた手記であり、一隻の船、一人の船霊の船生を追うには貴重な資料です。
「貨客船でも輸送艦でも、物や人を運ぶのは変わらないわ。私は海軍でもうまくやっていける、海はいつも優しかった」(二十九頁)と新田丸は日記に書いています。徴用前夜の一九四一年九月初頭のことです。
「快活でいて上品、まさに日本郵船の船、日本郵船のイニシャルを冠するにふさわしい令嬢でした。彼女自身も『新田丸という名前の由来を御存知?』とよく周りに触れて回っていたようです。きっと誇らしかったのでしょう。『輸送艦になると船名は変わってしまうのか』、と彼女に尋ねられたことを覚えています」(一七六頁)という関係者の証言は、新田丸が自身のアイデンティティを貨客船に置いていたこと、またあくまで自身の未来が輸送艦どまりであると信じていたことを示しています。
しかし御存知の通り、輸送艦「新田丸」は航空母艦「冲鷹」となります。航空母艦時代の冲鷹を示す一番端的な証言は、「冲鷹」乗組員が証言する「大鷹」の言葉でしょう。
姉妹艦が心配か、と私は大鷹に尋ねました。冲鷹のそばで大鷹の姿を見ることがしばしばあったからです。大鷹は「はい」と答えました。妹を心配する優しい兄なのだろうと思いました。しかし、ある日ふと私にこう漏らしたことがあります。「貨客船が海軍で貧弱な輸送艦として使役されていくうちに、艦であること、強くあること、強い権威と地位があることを願い、軍艦に改造され、段々と中身も艦になり、艦となって艦船を使役するようになる元船」。「『弱者の身振り』。冲鷹を見ていると、そんな考えが浮かんでならなかった」と。(二六四-二六五頁)
*****
ここで私は、太平洋戦争時に徴用された船舶たち、あるいは海軍の艦艇となった特設艦艇たちの書いた私小説や手記などの文学を「後日譚文学」と定義しようと思います。本来船舶が持っていたはずの海運や船としての名前、運ぶはずだった一等乗客の存在は、いわば海の上で生きる彼らにとっては自分の船生そのものであり、その穏やかな海の上は船たちの「国」そのものでした。ところが御承知の通り、あの戦争で船舶らが得たものは、勇ましい鷹としての名前、石油や物資、航空機の輸送、あるいは火の中の海でのごく僅かな戦果と広大な一枚下の地獄だったのです。船舶らの「国」は亡国となり、あの平穏だったはずの海は、大破した艦から漏れ出す石油の燃える苛烈な海となりました。彼らはその新しい「国」に適応せざるを得ない状況へと追いやられ、人間でいうところのディアスポラ――移民や植民したもの――という立場に置かれたのです。
そして私が彼らの残した手記や文学を通して知ったのは、彼らが戦場の海になる前の平和な世界の海を欲していたということです。興味深いことに、これは開戦後に生まれたはずの戦時標準船らの文学にも見受けられました。彼らは戦下の海しか知らないにもかかわらず、素敵だったはずの昨日の海を欲していたのです。「素敵だったはずの昨日の海」、あるいは「昔の海」「少し前の頃の海では」「海が凪いでいた時のこと」、これらはどの戦時下の船舶文学でも共通して見受けられる記述です。今は亡き「国」を郷愁する船舶らの文学、それが「後日譚文学」です。
#「『見果てぬ海 「越境」する船舶たちの文学』」(艦船擬人化)
Ⅰ
1ディアスポラの海
2人間たちの喧騒
Ⅱ
1航海日誌から戦闘詳報へ
2特設艦艇の「故郷喪失」
3〈艦船一体〉の思想
特設艦艇の「故郷喪失」
一九六七年に日本船霊戦没記念会が発行した『戦時船舶文学大系』は、太平洋戦争時の船舶らが書いた文学を論じた文学研究書です。この序文には、以下のような記述があります。
「本書では、日本海軍に徴用されのちに艦艇に改造された船舶、いわゆる特設艦艇の文学を扱うことは、日本海軍の一員として全く違う道を歩んだ艦艇の文学を扱うことになるとの意見が出た」(本書、十頁)。
「どこまでが船舶文学で、どこからが艦艇文学かという線引きをはっきりさせるためにも、特設艦艇らの文学――彼らの書いた手記や往復書簡、小説や自伝――は除くことにした」(本書、十二頁、傍点は筆者による)。
あえてこのような書き方がなされているということは、日本船霊戦没記念会の会員の間では、『戦時船舶文学大系』で特設艦艇の文学を扱うことも検討されたのでしょう。結局、彼らにとって「特設艦艇文学は艦艇文学であった」ため、特設艦艇文学は『戦時船舶文学大系』から除かれることになったわけですが、はたしてそれが最良の選択だったと言いきれるでしょうか。
船舶に属しながらも総動員の名分のもと艦艇として生きざるを得なかった特設艦艇らの文学は、戦時下に目指されていた「艦船一体」の思想を紐解くにあたって、非常に有益な研究対象となるはずです。「どこまでが船舶文学で、どこからが艦艇文学か」――この艦船の切り分けに近い思想は、海運が戦時中に被った膨大な被害ゆえに軍を忌避するものであり、同様の不信感が、海運業界の人間らで構成されていた日本船霊戦没記念会にも存在したのかもしれません。
船舶として受け入れられない特設艦艇の艦霊は、時として艦艇の艦霊として受け入れられないこともありました。興味深いことに、商船から軍艦へと改造された特設艦艇らは、しばしば日本海軍内の艦艇たちに「成り上がり」として認識されていたのです(同時に船舶たちにしてみれば、特設艦艇らは再び船に戻ることのできない「成り下がり」でした)。生まれた時から菊の御紋を頂く軍艦たちにとって、特設艦艇らは急ごしらえの兵役のための船でしかなかったのです。
航空母艦「冲鷹」乗組員手記会が戦後に編纂した『海浪録』は、貨客船「新田丸」が航空母艦「冲鷹」として戦没するまでを記録した乗員や関係者の証言集です。この証言集からは、貨客船が軍に徴用され輸送艦となり、またのちに軍艦になることの船霊の心情が読み取れます。また、この証言集を補完するのは冲鷹(新田丸)自身の書いていた手記であり、一隻の船、一人の船霊の船生を追うには貴重な資料です。
「貨客船でも輸送艦でも、物や人を運ぶのは変わらないわ。私は海軍でもうまくやっていける、海はいつも優しかった」(二十九頁)と新田丸は日記に書いています。徴用前夜の一九四一年九月初頭のことです。
「快活でいて上品、まさに日本郵船の船、日本郵船のイニシャルを冠するにふさわしい令嬢でした。彼女自身も『新田丸という名前の由来を御存知?』とよく周りに触れて回っていたようです。きっと誇らしかったのでしょう。『輸送艦になると船名は変わってしまうのか』、と彼女に尋ねられたことを覚えています」(一七六頁)という関係者の証言は、新田丸が自身のアイデンティティを貨客船に置いていたこと、またあくまで自身の未来が輸送艦どまりであると信じていたことを示しています。
しかし御存知の通り、輸送艦「新田丸」は航空母艦「冲鷹」となります。航空母艦時代の冲鷹を示す一番端的な証言は、「冲鷹」乗組員が証言する「大鷹」の言葉でしょう。
姉妹艦が心配か、と私は大鷹に尋ねました。冲鷹のそばで大鷹の姿を見ることがしばしばあったからです。大鷹は「はい」と答えました。妹を心配する優しい兄なのだろうと思いました。しかし、ある日ふと私にこう漏らしたことがあります。「貨客船が海軍で貧弱な輸送艦として使役されていくうちに、艦であること、強くあること、強い権威と地位があることを願い、軍艦に改造され、段々と中身も艦になり、艦となって艦船を使役するようになる元船」。「『弱者の身振り』。冲鷹を見ていると、そんな考えが浮かんでならなかった」と。(二六四-二六五頁)
*****
ここで私は、太平洋戦争時に徴用された船舶たち、あるいは海軍の艦艇となった特設艦艇たちの書いた私小説や手記などの文学を「後日譚文学」と定義しようと思います。本来船舶が持っていたはずの海運や船としての名前、運ぶはずだった一等乗客の存在は、いわば海の上で生きる彼らにとっては自分の船生そのものであり、その穏やかな海の上は船たちの「国」そのものでした。ところが御承知の通り、あの戦争で船舶らが得たものは、勇ましい鷹としての名前、石油や物資、航空機の輸送、あるいは火の中の海でのごく僅かな戦果と広大な一枚下の地獄だったのです。船舶らの「国」は亡国となり、あの平穏だったはずの海は、大破した艦から漏れ出す石油の燃える苛烈な海となりました。彼らはその新しい「国」に適応せざるを得ない状況へと追いやられ、人間でいうところのディアスポラ――移民や植民したもの――という立場に置かれたのです。
そして私が彼らの残した手記や文学を通して知ったのは、彼らが戦場の海になる前の平和な世界の海を欲していたということです。興味深いことに、これは開戦後に生まれたはずの戦時標準船らの文学にも見受けられました。彼らは戦下の海しか知らないにもかかわらず、素敵だったはずの昨日の海を欲していたのです。「素敵だったはずの昨日の海」、あるいは「昔の海」「少し前の頃の海では」「海が凪いでいた時のこと」、これらはどの戦時下の船舶文学でも共通して見受けられる記述です。今は亡き「国」を郷愁する船舶らの文学、それが「後日譚文学」です。
#「『見果てぬ海 「越境」する船舶たちの文学』」(艦船擬人化)
2024年9月26日 この範囲を時系列順で読む
九州あたりで擬をしたいと思っているんだけど、住んだこともないし行ったのも多くはない。でもそれを言ったら海外の土地で創作されている方の一部も同様かもしれないし…
→というか、艦船擬人化がいて企業擬人化がいる世界に、土地擬人化もいるのだろうか。そしたら三菱が花婿(主人)で長崎が「蝶々夫人」になってしまうけど……
→そして……ふねが…子ども…?
→子どもたって海軍の子かもしれないし船会社の子どもかも知らん
…大陸への国内最前線が長崎であり、その母なる土地、母なる揺りかごに揺られて育って恩返しを願ったのが長船だったから、二人の子どもたるふねたちは元気な赤子として生まれよく肥えた。そののち、ふねぶねは海軍の子あるいは船会社の子として素直に海を生きて、やはり海外進出のためのよい先鋒となった。両親の愛を享けて生まれ、育て親の情を一身に受けた子、親たちにいっとう似た、聞きわけのよい可愛らしい子どもたちだった。
→というか、艦船擬人化がいて企業擬人化がいる世界に、土地擬人化もいるのだろうか。そしたら三菱が花婿(主人)で長崎が「蝶々夫人」になってしまうけど……
→そして……ふねが…子ども…?
→子どもたって海軍の子かもしれないし船会社の子どもかも知らん
…大陸への国内最前線が長崎であり、その母なる土地、母なる揺りかごに揺られて育って恩返しを願ったのが長船だったから、二人の子どもたるふねたちは元気な赤子として生まれよく肥えた。そののち、ふねぶねは海軍の子あるいは船会社の子として素直に海を生きて、やはり海外進出のためのよい先鋒となった。両親の愛を享けて生まれ、育て親の情を一身に受けた子、親たちにいっとう似た、聞きわけのよい可愛らしい子どもたちだった。
2024年9月14日 この範囲を時系列順で読む
2 孤独の極北
#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)
「私はもう軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ軍属」
軍艦冲鷹が、特設運送船あるぜんちな丸の隣の特設運送船某へ放ったこの言葉に、その場は北方海域より寒い空気が漂った。
少々装いが貧相なれども濃紺色の織物で統一された会議室、その窓の外からは、眩しく白い陽が差し込んでいる。あるぜんちな丸はぼんやりと、その白々しい美しさを見つめていた。
「……冲鷹、」と冲鷹をたしなめたのは大鷹型航空母艦のネームシップ、”長兄”たる大鷹であった。
「下らない揶揄は止せ」
「揶揄ではない」
「なら尚更止めろ」
冲鷹を呼ぶ大鷹が一瞬言葉を言い淀んだのは、長女だった元姉に本当は何と呼びかけるつもりだったからなのかな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。
苛立ちを隠そうともしない冲鷹の不興の理由は、隣の特設運送船が何気なく、しかし必死に縋るように護衛艦艇の有無を尋ねたからだ。またそれらの具体的な艦種や艦名や、任務の内容なども。あのう、あたしたちにはどのくらいの護衛がつくのでしょうか、強い艦ですか、船団の形はどんなでしょうか、遅い船はいっしょに居ますか、航路は島沿いですか、何ノットで走るんですか、あたし……。
それが自身を救う祈りの言葉になるかのようにぶつぶつと言いつのった彼女に、大鷹は明快にまた冷淡に、
「海防艦が付くと聞く。貴船の監督官の説明を待て」
と言い切り、一方的に話を打ち切った。
でも、でも、それに……と、なおも彼女は話を続けようとし、救いを求めるように大鷹の隣の冲鷹を見遣った。
そこで話は、冒頭へと戻るわけだ。
あるぜんちな丸は一つの陳腐な演劇を見ているような白けた気持ちになっていた。下らないやり取りを続ける三者三様に気づかれないように机の下で、つまらない気持ちで爪先の汚れを擦り取って、演技の続きを待っている。
誰もが次の台詞を忘れたような苦しい沈黙のなかで、この劇一番の花形であった軍艦冲鷹は、いらいらとした様子で押し黙っていた。白手袋をつけた両手の親指を、神経質に動かしている。彼女は異常潔癖のきらいがある。神経質に手口の洗浄を好むのだ。
軍隊という場に潔癖を感じるのか、元々の性なのか。両方かも知れない。きっと軍属云々だって関係はないのだ。あるぜんちな丸は、冲鷹が貨客船時代の己を愛していたことを知っていた。というより、わかっていた。わかってしまうのだ。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。この特設運送船の口調が民間船の、というより平民のそれだったことが、冲鷹の神経を逆なでしたことの一因かもしれない。
私はもう、軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ、軍属。
このあっさり放られた言葉に含まれる、戦時下の軍隊のふねたちの見事な政治性!元貨客船新田丸は無邪気で哀れ、愚かな軍艦役者だが、彼女のこの言葉の鮮やかさは手放しで褒めてやりたくなった。すなわち、未だ商船の名残を留めたる特設運送船に対し、すでに商船でない商船改造空母が軍艦であることで優越を誇る海軍という場の、露骨なまでの軍隊ざま、すさまじき地獄ぶりである。
ここではそうあることでしか我々は生きれない、という今一度の確認を、あるぜんちな丸は冲鷹から賜ったのだ。そしておそらく、大鷹も。隣の特設運送船も。
「……隼鷹に引けを取ってはならない、戦闘に繰り出すだけが戦ではないんだ、我らは為すべきことを成さねばならない」
隠し切れない屈辱と羨望とをその声に孕ませ航空母艦隼鷹の名を呼んだ冲鷹は、忸怩たる己の現状を直視できていないのだろう。あるいはあえて無視しているのか。
護衛空母あるいは航空機の輸送という職務は、その貨客船の美しい身を捨てさせ、わざわざ航空母艦として改造させてまで必要だったのだろうか。航空母艦としてはまるで宝の持ち腐れだ。だがしかし、小型の商船改造空母として成しえる任務は、せいぜいそれくらいが限界だった。改造された結果の二流空母だ。正直、あるぜんちな丸はそう思っていたし、日本海軍の人間たちもそう思っているかもしれない。おそらく大鷹は思っているだろう。冲鷹だってほんとうはわかってるはずだ。
「だから……!」
これも哀れなふねなのだ、とあるぜんちな丸は思った。あるぜんちな丸の妹同様、かつて受けた愛を忘れられないでいる。再びあの愛情を得られないからこそ積極的に捨て去ろうとしている。自ら進んで捨てることで主体性を確保しようとしている。足掻き、苦しみ、悶えている。今持ちえている(ので、あろう)軍艦の威容を誇ろうとする。わが妹とは違い、貨客船新田丸の姿を留めたまま沈没するという栄誉を得ることはなかった航空母艦、冲鷹。
もし彼女に日本郵船の客船浅間丸を話をしたら、大日本帝国海軍お得意の木棒で打擲されるだろうか。それともむざむざと泣きはじめるかもしれないな。どちらにせよただの特設運送船に出すぎた真似は禁物だ。
だから、という冲鷹の、続きの言葉は聞けずに終わった。
彼女は数秒沈黙し、この場に耐えきれないように荒々しく椅子から立ちあがり、会議室から走り去ってしまった。
時間切れかもな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。あれはたぶん、手を洗いに行っただけだ。口かもしれないが。あるぜんちな丸は冲鷹の、あの種の奇行を数度目撃したことがある。そして興味本位で追いかけてみたことも一度だけある。何かに耐えられないように執拗に手口を洗っていた。あるぜんちな丸は、軍艦冲鷹が貨客船新田丸を愛していたことを知っていた。というより、わかってしまった。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。だからなおさら追いかけてまで見に行ってしまう。確認してしまう。
私のゆくすえは、あんななのか?
「……以上、明朝を待って任務に当たる。詳細は監督官の指示を仰ぐように、と艦長が仰っていた」
気づいたら、大鷹の説明は終わったようだ。というか巻き上げて終わらせた。元姉であり今は妹の冲鷹を追いかけるために。
情けない、士気に関わる、とあるぜんちな丸は鼻白んだ。隣の特設運送船もなおさら不安だろうに。まあ、仕方ないのだろうか。誰しも自分を一番大切に精一杯やっている。明日沈んでいるかもしれないのだ。大鷹が言うように、監督官、人間に話を聞いた方がよっぽどいい。生還の計画の具体性は増すだろう。
だいたい、どうして私が彼女を責められよう、とあるぜんちな丸は思った。……この泣きそうな特設運送船の船名も、私は最後まで覚えられなかったのに。
そのことにふと気づき、あるぜんちな丸は、他の特設運送船や一般徴用船に続いて呆然と椅子から立った。
わたしたちのしろいたいよう、という意味のない言葉があるぜんちな丸の脳裏に浮かんだ。
私たちの白い太陽。
それははたして、いったいどこに?
#「海にありて思うもの」(艦船擬人化)
「私はもう軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ軍属」
軍艦冲鷹が、特設運送船あるぜんちな丸の隣の特設運送船某へ放ったこの言葉に、その場は北方海域より寒い空気が漂った。
少々装いが貧相なれども濃紺色の織物で統一された会議室、その窓の外からは、眩しく白い陽が差し込んでいる。あるぜんちな丸はぼんやりと、その白々しい美しさを見つめていた。
「……冲鷹、」と冲鷹をたしなめたのは大鷹型航空母艦のネームシップ、”長兄”たる大鷹であった。
「下らない揶揄は止せ」
「揶揄ではない」
「なら尚更止めろ」
冲鷹を呼ぶ大鷹が一瞬言葉を言い淀んだのは、長女だった元姉に本当は何と呼びかけるつもりだったからなのかな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。
苛立ちを隠そうともしない冲鷹の不興の理由は、隣の特設運送船が何気なく、しかし必死に縋るように護衛艦艇の有無を尋ねたからだ。またそれらの具体的な艦種や艦名や、任務の内容なども。あのう、あたしたちにはどのくらいの護衛がつくのでしょうか、強い艦ですか、船団の形はどんなでしょうか、遅い船はいっしょに居ますか、航路は島沿いですか、何ノットで走るんですか、あたし……。
それが自身を救う祈りの言葉になるかのようにぶつぶつと言いつのった彼女に、大鷹は明快にまた冷淡に、
「海防艦が付くと聞く。貴船の監督官の説明を待て」
と言い切り、一方的に話を打ち切った。
でも、でも、それに……と、なおも彼女は話を続けようとし、救いを求めるように大鷹の隣の冲鷹を見遣った。
そこで話は、冒頭へと戻るわけだ。
あるぜんちな丸は一つの陳腐な演劇を見ているような白けた気持ちになっていた。下らないやり取りを続ける三者三様に気づかれないように机の下で、つまらない気持ちで爪先の汚れを擦り取って、演技の続きを待っている。
誰もが次の台詞を忘れたような苦しい沈黙のなかで、この劇一番の花形であった軍艦冲鷹は、いらいらとした様子で押し黙っていた。白手袋をつけた両手の親指を、神経質に動かしている。彼女は異常潔癖のきらいがある。神経質に手口の洗浄を好むのだ。
軍隊という場に潔癖を感じるのか、元々の性なのか。両方かも知れない。きっと軍属云々だって関係はないのだ。あるぜんちな丸は、冲鷹が貨客船時代の己を愛していたことを知っていた。というより、わかっていた。わかってしまうのだ。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。この特設運送船の口調が民間船の、というより平民のそれだったことが、冲鷹の神経を逆なでしたことの一因かもしれない。
私はもう、軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ、軍属。
このあっさり放られた言葉に含まれる、戦時下の軍隊のふねたちの見事な政治性!元貨客船新田丸は無邪気で哀れ、愚かな軍艦役者だが、彼女のこの言葉の鮮やかさは手放しで褒めてやりたくなった。すなわち、未だ商船の名残を留めたる特設運送船に対し、すでに商船でない商船改造空母が軍艦であることで優越を誇る海軍という場の、露骨なまでの軍隊ざま、すさまじき地獄ぶりである。
ここではそうあることでしか我々は生きれない、という今一度の確認を、あるぜんちな丸は冲鷹から賜ったのだ。そしておそらく、大鷹も。隣の特設運送船も。
「……隼鷹に引けを取ってはならない、戦闘に繰り出すだけが戦ではないんだ、我らは為すべきことを成さねばならない」
隠し切れない屈辱と羨望とをその声に孕ませ航空母艦隼鷹の名を呼んだ冲鷹は、忸怩たる己の現状を直視できていないのだろう。あるいはあえて無視しているのか。
護衛空母あるいは航空機の輸送という職務は、その貨客船の美しい身を捨てさせ、わざわざ航空母艦として改造させてまで必要だったのだろうか。航空母艦としてはまるで宝の持ち腐れだ。だがしかし、小型の商船改造空母として成しえる任務は、せいぜいそれくらいが限界だった。改造された結果の二流空母だ。正直、あるぜんちな丸はそう思っていたし、日本海軍の人間たちもそう思っているかもしれない。おそらく大鷹は思っているだろう。冲鷹だってほんとうはわかってるはずだ。
「だから……!」
これも哀れなふねなのだ、とあるぜんちな丸は思った。あるぜんちな丸の妹同様、かつて受けた愛を忘れられないでいる。再びあの愛情を得られないからこそ積極的に捨て去ろうとしている。自ら進んで捨てることで主体性を確保しようとしている。足掻き、苦しみ、悶えている。今持ちえている(ので、あろう)軍艦の威容を誇ろうとする。わが妹とは違い、貨客船新田丸の姿を留めたまま沈没するという栄誉を得ることはなかった航空母艦、冲鷹。
もし彼女に日本郵船の客船浅間丸を話をしたら、大日本帝国海軍お得意の木棒で打擲されるだろうか。それともむざむざと泣きはじめるかもしれないな。どちらにせよただの特設運送船に出すぎた真似は禁物だ。
だから、という冲鷹の、続きの言葉は聞けずに終わった。
彼女は数秒沈黙し、この場に耐えきれないように荒々しく椅子から立ちあがり、会議室から走り去ってしまった。
時間切れかもな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。あれはたぶん、手を洗いに行っただけだ。口かもしれないが。あるぜんちな丸は冲鷹の、あの種の奇行を数度目撃したことがある。そして興味本位で追いかけてみたことも一度だけある。何かに耐えられないように執拗に手口を洗っていた。あるぜんちな丸は、軍艦冲鷹が貨客船新田丸を愛していたことを知っていた。というより、わかってしまった。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。だからなおさら追いかけてまで見に行ってしまう。確認してしまう。
私のゆくすえは、あんななのか?
「……以上、明朝を待って任務に当たる。詳細は監督官の指示を仰ぐように、と艦長が仰っていた」
気づいたら、大鷹の説明は終わったようだ。というか巻き上げて終わらせた。元姉であり今は妹の冲鷹を追いかけるために。
情けない、士気に関わる、とあるぜんちな丸は鼻白んだ。隣の特設運送船もなおさら不安だろうに。まあ、仕方ないのだろうか。誰しも自分を一番大切に精一杯やっている。明日沈んでいるかもしれないのだ。大鷹が言うように、監督官、人間に話を聞いた方がよっぽどいい。生還の計画の具体性は増すだろう。
だいたい、どうして私が彼女を責められよう、とあるぜんちな丸は思った。……この泣きそうな特設運送船の船名も、私は最後まで覚えられなかったのに。
そのことにふと気づき、あるぜんちな丸は、他の特設運送船や一般徴用船に続いて呆然と椅子から立った。
わたしたちのしろいたいよう、という意味のない言葉があるぜんちな丸の脳裏に浮かんだ。
私たちの白い太陽。
それははたして、いったいどこに?
2024年8月30日 この範囲を時系列順で読む
- 「渺渺録」(企業擬人化)(55)
- 『マーダーボット・ダイアリー』(22)
- 「大脱走」(企業擬人化)(20)
- 実況:初読『天冥の標』(16)
- 「海にありて思うもの」(艦船擬人化)(13)
- おふねニュース(10)
- 読んでる(8)
- 「蛇道の蛇」(一次創作)(8)
- 「時代の横顔」(企業・組織擬人化)(6)
- 「空想傾星」(『マーダーボット・ダイアリー』)(6)
- 企業・組織(6)
- きになる(3)
- 感想『日本郵船戦時船史』(3)
- 読了(2)
- 『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』(2)
- 「『見果てぬ海 「越境」する船舶たちの文学』」(艦船擬人化)(2)
- 「人間たちのはなし」(艦船擬人化)(2)
- 『青春鉄道』(2)
- 御注文(1)
- 入手(1)
- 「テクニカラー」/「白黒に濡れて」(艦船擬人化)(1)
- 「かれら深き波底より」(一次創作)(1)
その波の上の社交界はそれはそれは鮮やかで、皆が憧れる世界であった。
そしてその舞台であった彼女も皆の華だった。
貨客船「浅間丸」。彼女の誇っていた美しさは時代の象徴そのものだった。一等社交室はイギリスの早期ジョージアン様式による古典的な装飾で、二層の吹き抜けの高い天井ドームの側面には大壁画が飾られている。ガラス張りのスカイライトから淡く光が差し込んではその壁画の色彩を乱反射させる。美しい内装に似合うのは美しい人々で、乗客たちは上品に装い、控えめに微笑み合い、自分達の慎ましくない裕福さを慎ましく誇示するのだった。
浅間丸が初めて見た舞台上の演奏会でとりわけ感動したのは、その演奏自体ではなく、演奏者の隣を彩る緞帳の天鵞絨の艶めかしい青色だった。吾を彩る美しき青色。船の、自身の装いの青。先達の貨客船の一人は「鏡を見た時に己に見惚れることが大切」と言っていて、竣工直後の浅間丸はそれに笑ったものだった。しかし、自分を彩る天鵞絨の青に見惚れたのは彼女と同種の誇りではなかったか。そう、この自惚れはナルシシズムなどではなく、客船としての誇りだった。
美しくあるということ。
美しく見せるということ。
彼らに夢を見せるために自身がまず夢を見るということ。海と海を結び先進の文化を担うということ。貨物を運び祖国へ利益をもたらすということ。貨客船として。
でも、いつまで貨客船としてこの我を保っていられるのだろう?
「浅間丸」
は、と気づくと、おじさまが私を見ていた。不安そうな表情でこちらを見る我が日本郵船の重役の一人。なんでもありませんわ、と私が曖昧に笑って答えると、それでも怪訝そうな顔をして彼は黙った。お前は具合が悪いのか、何か不安なことがあるのか、お前に手を差し伸べればいいのか――そのように彼は私に問い詰めたいのだろう。けれどそのどれもを放棄し、彼はただ押し黙っていた。時代がそうさせたのだった。海運会社は己らの船たちを救ってやることはできない。
独逸の波蘭への侵攻。日独伊三国同盟。船員徴用令、大政翼賛会。そんな人間たちの騒乱で、浅間丸が居たはずの鮮やかな海は急激に色褪せていった。いま必要とされているのは、船の運ぶ絹やテーブルマナーではなく、艦の担う石油や砲撃戦なのだ。