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No.8

セカンドハンドの名前

 あの人はいつも一瞬の沈黙をおいてから、そうっとぼくの名前を呼ぶ。「お菓子があるよ、なるしお。……くろしおも」そうチョコレート菓子を差し出すおやしおを、「おじいちゃん~」と茶化すのは、ぼくと同じうずしお型潜水艦であり、一つ上の兄のなるしおだった。
「じゃあいらないか、なるしお」
「いらないとは言ってないよ、チョコレートちょうだいよ。……くろしおももらうよね?」
 うん、もらうよ、そう言っておやしおからチョコレートをかすめとるように貰い、すかさず二人で頬張ると、おやしおは嬉しそうに、そしてすこし寂しそうに笑った。その笑みの昏さに気付いていないなるしおが、彼に尋ねる。
「六月の接触事故は大丈夫だった?」
「え?ああ、うん。大丈夫だよ。よくあることだし。……よくあることだった、かな?」
 君たちの代では減るだろうね、最新鋭の涙滴型さん。それは皮肉な言い方ではなかった。純粋な、歳をとった者が次の世代に込めた期待の念だった。なるしおは得意げに胸をそらす(口にすこしチョコレートがついていたのをぼくは認めた)。変わらずそれを寂しそうに笑うおやしおは、前よりすこし老いた気がした。除籍が、もうそれほど遠くないからかもしれない。戦後初の国産潜水艦の、来たる最期の日。……戦後初の日本潜水艦の最期は、どんなだったんだろう?
「今日はもうお帰り、なるしお。……くろしお」

#おやしお(初代) #なるしお #くろしお(2代目)

艦船擬人化,【小説】

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