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No.12

生来からの縁

 第二に、その人に潜水艦乗員の適性があるかはとても重要だ。根気づよく粘れるが神経質ではない、独立心があると同時に周りとうまく協調できる、普段はうるさく立ち振る舞っていてもいざという時に黙ることができる。孤独になれるのは必要だが孤立しないこと。あと、体格が大柄でないと良いのは旧軍時代からの事実である。個人の努力では体格なんてどうしようもならないと言われようと仕方ないのだ。体格も性格も適性も生来のものだ、という事実を理解できる頭脳があること。その生来の抗えない事実をカバーできる精神力と努力があること。
 海底の中で孤立した集団社会では、必要とされるものは自ずと増えてくる。あなたが二十四時間いるのは快適な家ではなく、艦という職場なのだ。おまけに周りは海水で包まれている。そこから無理やりにでも逃げたくなったら、どうぞ深海救難艇でもご検討ください。

 横須賀の潜水艦の基地はアメリカ海軍の基地と同居しているから、一般人が入るには結構なチェックを受けることになる。身分証明書はあるか。不審物を所持していないか。どんな目的で来たのか。誰が招待したのか。前もっての申請はあるか。
そんなわけでただでさえ情報機密のせいで難しい潜水艦の艦内見学は、前もって募集したあと、手紙やはがきでの案内から始まることが多い。決行の日時を提示して、同時に持ち物や注意などを書き添えて送るのだ。
 なんだか招待状みたいでわくわくするよね、とそうりゅう型潜水艦六番艦のこくりゅうに言ったのは、五番艦ずいりゅうである。
「潜水艦見学ってわくわくするんだよね~。いつも同じ顔しか艦内では見ないじゃんか。小さい子が潜水艦に興奮しているのを見ると、ぼくもドヤドヤってなる」
「わかる!思わず椅子の下の野菜とか見せちゃったりね」
「つたない梯子の昇降にウフフってなるんだよ」
 ずいりゅうは乗員が置いていったはがきの束を矯めつ眇めつしていたが、とうとうはがきを手に取って「どうせなら念を入れておこ」と言いながらその紙にキスをしはじめた。ちょっとおマジすぎて怖いんですけどぉとこくりゅうが止めてもキスをやめないずいりゅうは、こくちゃんも手伝ってよと言い出す。隣にいたこくりゅうはひぃと悲鳴を上げて思わず大声で尋ね返した。
「えっはがきにちゅーするんですか!?」
「念でもいいよ、念でも。テレパステレパス」
「何の念?」
 そう尋ねたこくりゅうに、ずいりゅうはためらいもなくあっさりと言った。そりゃあ、当たり前でしょうに……。
「潜水艦に興味がある子が縁あって潜水艦乗員になれますように、って念を……」
「あーんすてき~!イケメンな発言~!艦と書いて(おとこ)と読む!」
 きゃあきゃあ騒ぐこくりゅうにも照れず、ずいりゅうが手に持つはがきを裏返して見つめているのは、書いてある宛先の名前だった。
「ほら、この子とか女の子だよ。女の子も潜水艦乗員になれる時代だしねぇ」
「わりとしみじみ言うね!マジな念なんだね!茶化してごめんね……。……ああでも、女の子の潜水艦乗員かぁ」
「昔、潜水艦乗員になりたかったけどなれなかったから護衛艦に行ったっていう女の人に会ったことがあるよ」
「そっかぁ……」
 性別という「適性」によって潜水艦に乗ることができないということを、こくりゅうはうーんと考える。
 いまだに女性のことも、人間のことすらもよくわからないままだった。これからも乗れない女性の気持ちも、乗せられないと決めた人間の気持ちもわかるはずあるまい。艦、なのだ。己は。
 潜水艦乗員って選り好み激しすぎるんですよ、とこくりゅうが言った。選り好みしないとやっていけない集団だしね、とずいりゅうも言う。繊細に調整したうえでの精強な艦隊なのだ。
 己を構成する艦という物体、それを運用する人間たちが能力やコストパフォーマンスで選りすぐられること。そうして効率を良くして成果を出そうとすること。そして「いざという時」に備えること。艦として。潜水艦として。自衛艦として。
 それはきっと喜ぶべきことなのだろう。頼もしいと思うべきなのだろう。ぼくら、モノとしての効率化を。
 でも、とずいりゅうは続けた。
「潜水艦乗員になりたい人が潜水艦乗員になってくれるとうれしい。……ぼくは潜水艦として間違っているだろうか。感情的すぎるだろうか」
「いいと思うよ。……効率だけで人間は動けないから。たぶん。ぼくは知りえないんだけど」
 
 第一に、潜水艦が好きであること。興味を持っているこということ。ぼくはそれが潜水艦の乗員には重要な資格だと思うのだ。

#ずいりゅう #こくりゅう

艦船擬人化,【小説】

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