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カテゴリ「艦船擬人化」に属する投稿35件]2ページ目)

水面にいちばんちかいフネ

「大きいふねになりたいな」
 と、友達のえい船がぽつりと洩らした。「水平線しか見えない大海原を、一人で泳いでみたくない?」
 わかるよ、ともう一人のえい船が会話を繋いだ。「果てしない海を渡って、外国の綺麗な港で旗を上げてみたくない?」
「ぼくは海賊をやっつけたい!」と、さらにもう一人の別のえい船が朗々と叫んだ。それに対し、やっつけてるんじゃないんでしょ?よくわかんないけど、とまた別のえい船がつっこみ、言葉を続けた。
「ぼくは海の中でお魚とおしゃべりしながら、みんなで一緒に泳ぎたいな」この前、なんちゃらりゅうくんが、海の中は賑やかでキラキラしていて、とても素敵なところだよって言ってたんだ。
 ここまで語ること四人。黙っていたぼくを、彼らはそっと見つめる。「君はなんの艦になりたい?」
「……ぼくは、……ぼくは、えい船のままがいい」
 そうぽつりと言うと、みんなはええーっと驚いたように叫んだ。なんでなんで、とみんなは大合唱する。君は縁の下の力持ちのままでいいの、かっこいい写真を撮られてみたくないの、自分の名前を覚えられたくないの。
 だってだって、とぼくは反論した。えい船の上で当たる風が、いちばん気持ちがいいんだもん。ぼくのその言葉に、みんなはきょとんとしている。ぼくは続けた。
「護衛艦や補助艦艇はおおきなお城みたいだ、水面のちかくで体いっぱいに風にあたれない。潜水艦はいつも海の中でひとりぼっちだし。……ぼくは知ってるよ、えい船の上で味わえる風の、いちばんの気持ちよさを」
 そんなぼくの言葉に、みんなはびっくりしてただ押し黙る。そして互いに目を合わせ、さらに数秒黙った後、うんうん、そっかそっか、と頷きあい、そうだねたしかにね、と言いあった。
「じゃあぼくもえい船のままでいよう」
「ぼくもそうする」
「小さいふねも、結構楽しいもんね」
 君はいい子だなあと、友達のえい船が言った。みんなはないものねだりなんだよ、とぼくは小さく呟いた。

艦船擬人化,【小説】

愛国丸の愛国論

 彼らがまっとうに老いていく快感を知らないのは酷く残念なことだ、と私は思った。
 この時、私は三十六歳の少佐だった。私は人生を老いるということに慣れ、楽しむ余裕が出てきた頃だった。戦場で死ぬのが惜しいかもしれない、そう錯覚することもしばしばあった。早くに伴侶を亡くしたことに今更に寂しさを感じ、子息がいないということはすなわち私の証を残すものがいないことであることに気づいたのは、ここ数年のことだったか。帝国海軍に身を捧げ戦で名前を残すことに情熱を掛けたのも、はるか昔のことに思えた。

 特設巡洋艦「愛国丸」に乗艦していたのは丁度そのような心境の頃であった。既に情熱とも愛国とも程遠い頃だったから、周りの乗組員たちの太平洋戦争開戦の熱狂についていけずにいた。もっとも戦艦での砲撃戦が至上と言われる連合艦隊は、日米戦争自体には熱狂こそしていたものの、船だか特設艦だか巡洋艦だかわからないような艦艇で、通商破壊を行うこと自体はそこまで熱狂はしていなかった。通商破壊はみみっちい任務だと思われている節があったのだ。数隻の小さな貨物船を捕まえて何になる、そういう心境だったのだろう。船だか特設艦だか巡洋艦だかわからないような艦艇で通商破壊をするのってみみっちい任務ですよねえ、小さな貨物船を捕まえて何になるんでしょうかね、そう私に語り掛けてきたのが、特設巡洋艦愛国丸、その艦自身だった。
 愛国丸は報国・愛国・護国の気概があまりなかった私を気に入ったのか、しばしば艦内で私に話しかけてきた。「皆さん根性と情熱あって『愛国丸』って感じですよね、あ、ここでの『愛国丸』っていうのは『愛国男児』っていう意味の勝手に俺が付けた綽名です」とか、「護国丸が護国したくないみたいで本当に困ってます、まだ自分のこと貨客船だって信じてます」とか。大体は国に身を報じることについての話だったように思う。飄々とした軽薄な男児で、人間に生まれれば愛国とは程遠かっただろうに、その身に戴いた名前ゆえに彼は「愛国丸」だった。ここでの「愛国丸」は「愛国男児」という、彼が勝手につけた綽名での意味だ。
 国を愛するということ、彼はそのことに悩んでいた。愛国って通商破壊で示せるんですかね、とも言っていた。私に愛国の意味を問うていたように思う。私が諭せるのは、それは時間が経てば解決するであろう難題だということ、それだけだったが、彼らは私と同じように歳は経ることはないのだった。三十六歳まで生きることもないだろう。この戦争で数歳の歳を経て、国を愛することに苦悩したまま沈んでいくのだ。彼らがまっとうに老いていく快感を知らないまま、愛国しか語れずに死ぬのは酷く残念なことだ。人間である私は思った。

#愛国丸

艦船擬人化,【小説】

時代流転

 その波の上の社交界はそれはそれは鮮やかで、皆が憧れる世界であった。
 そしてその舞台であった彼女も皆の華だった。
 貨客船「浅間丸」。彼女の誇っていた美しさは時代の象徴そのものだった。一等社交室はイギリスの早期ジョージアン様式による古典的な装飾で、二層の吹き抜けの高い天井ドームの側面には大壁画が飾られている。ガラス張りのスカイライトから淡く光が差し込んではその壁画の色彩を乱反射させる。美しい内装に似合うのは美しい人々で、乗客たちは上品に装い、控えめに微笑み合い、自分達の慎ましくない裕福さを慎ましく誇示するのだった。
 浅間丸が初めて見た舞台上の演奏会でとりわけ感動したのは、その演奏自体ではなく、演奏者の隣を彩る緞帳の天鵞絨の艶めかしい青色だった。吾を彩る美しき青色。船の、自身の装いの青。先達の貨客船の一人は「鏡を見た時に己に見惚れることが大切」と言っていて、竣工直後の浅間丸はそれに笑ったものだった。しかし、自分を彩る天鵞絨の青に見惚れたのは彼女と同種の誇りではなかったか。そう、この自惚れはナルシシズムなどではなく、客船としての誇りだった。
 美しくあるということ。
 美しく見せるということ。
 彼らに夢を見せるために自身がまず夢を見るということ。海と海を結び先進の文化を担うということ。貨物を運び祖国へ利益をもたらすということ。貨客船として。
 でも、いつまで貨客船としてこの我を保っていられるのだろう?
「浅間丸」
 は、と気づくと、おじさまが私を見ていた。不安そうな表情でこちらを見る我が日本郵船の重役の一人。なんでもありませんわ、と私が曖昧に笑って答えると、それでも怪訝そうな顔をして彼は黙った。お前は具合が悪いのか、何か不安なことがあるのか、お前に手を差し伸べればいいのか――そのように彼は私に問い詰めたいのだろう。けれどそのどれもを放棄し、彼はただ押し黙っていた。時代がそうさせたのだった。海運会社は己らの船たちを救ってやることはできない。
 独逸の波蘭への侵攻。日独伊三国同盟。船員徴用令、大政翼賛会。そんな人間たちの騒乱で、浅間丸が居たはずの鮮やかな海は急激に色褪せていった。いま必要とされているのは、船の運ぶ絹やテーブルマナーではなく、艦の担う石油や砲撃戦なのだ。

#浅間丸

艦船擬人化,【小説】

「よい遊覧船だったと思います」「艦艇なのに戦闘を経験しなかったの、そう望まれた生き方だったのよ」「処女航海で緊張していてワインをお洋服に零しちゃったの」「ほかの水上艦(みんな)と一緒に満艦飾をしてみたかったなぁ、進水式でしかできない掟だったんです」「名前を覚えられることすらなかった小さな船生だったし、この先もみんな知らないままだろうと思います」「あとに残していく弟たちが心残りです、未だにあいつらに海のいろはも教えられていないのに」「いつでも海は優しいと教えてくれた社の人たちには感謝しきれないです」「私の艦は気風が厳しいと泣いてるひとがいた」「(わたし)に関わる人たちすべてを笑顔にできたわ、誓って言えます」「皆がぼくの写真を撮ってくれた」「愛されていたわ」「怖がられていたの」

艦船擬人化,【小説】

某にて

「さっきぼくは夢を見ました」「夢」「オーストラリアに行く夢です」「すごーい!こくちゃんもついに輸出されちゃったの?」「そうかもしれない!しれない!」「で?」「オーストラリアのひとと仲良くなったり」「うん」「オーストラリアのお酒を飲んだり騒いだり」「いいね~」「ちょっと日本にも帰ってきて」「うんうん」「『横須賀市民の皆さんへ!こちら海上自衛隊潜水艦こくりゅう!もし聴こえている方がいたら海岸まで出てきてください!』って海から呼びかけるんだけど」「うん?」「誰もいないワケ」「……」「で、そのうち乗員が勝手に陸に上がっちゃって、『みんな死んでる、両親も娘も』って言うんだけど――」「それ僚艦(ぼく)は南米にいるやつでしょ?知ってる」

#ずいりゅう #こくりゅう

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艦船擬人化,【小説】

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