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モーリス・パンゲ『自死の日本史』
講談社文芸文庫(2011)のもの。
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#日本史 #日本近代史 #第二次世界大戦 #アジア・太平洋戦争
#精神史

 抒情というか感傷的ともいえる日本史に寄せる本、日本史を語る本。
 愛情というより愛惜を感じる。「日本史の本」と呼べるかは別として、一つの文としてたいへん良い。

一九三〇年から一九三五年の間に生まれ、国家の奨励を受けて出生率の増大していた時期に生を享けたこれら若い自殺者たちは、敗戦の当時、十歳前後の年齢に達している。彼らは他の子供たちと同じように戦争中の国粋主義的風潮に心をふるわせ、太平洋戦争という叙事詩的世界の中で想像裡に出征した父親につき従う。
 その叙述詩的昂揚のあとで、彼らは英雄であるはずの父親が、死んだのでなければ戦いに敗れて、現実世界に戻ってきたのを見る。それから十年後、自分たちが大人になり、競争社会のなかで一人前にやっていかなければならなくなったとき、そして小さな利益を求めてあくせくと働く始まったばかりの繁栄のなかで何かの困難、彼らの失敗に出会ったときに、彼らをとらえたかもしれない嫌悪感を、どのようにして彼らは克服すればよかったのだろうか。その時、過去から聞こえてくるあの呼び声が、夢の世界に響きわたるあの悲劇的なヒロイズムの声が、どれほど彼らの心にしみわたったことであろうか。無償の奉仕という栄光のためにあれほど若くしてかなたの世界で死んでいった理想の父親へと、あるいはまた、自分自身が今到達した年齢の時にはすでにこの世から姿を消していた兄たちへと、彼らの思いは動いていく。理想の父や兄に彼らを一体化させようとする過去へのこの憧れを、交換価値の支配する砂漠のようなこの世界の中で、いかにして彼らは振り捨てればよかったのか。
 こうして五〇年代を通じて、日本経済が離陸しようとしていたまさにその時期に、数千人の若者が、悲しくも過去を忘れ得なかったがゆえに、死んでゆく。

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