ぼくらのさだめa:「ぼくの小さな神さま」

※第五章の何話になるかわからないやつです。最終話になります。

[※前略]

「おやしお、君、自分があの子に何をしているのかわかっているの?君はあの子を傷つけてる」
「ぼくたちは、でしょ?それに仮にそうだったとしても、あまり気にはならないな」
「僕ももう行くよ、まったく……」
 くろしおは呆れたようにぼやき、おやしおの横を通り抜けて行こうとした。おやしおはくろしおの腕を掴み、くろしおを腕の中に引き寄せた。彼の浮かべる、何かの優越感に浸ったような傲慢な微笑みは、己が美しく優れたものだと知っている者にだけできる特有の表情でもあった。
「ねえくろ、愛する君」
 くろしおの目線から見えたのは、弧を描いた薄紅色の唇が愛を囁く動きだけだった。屈辱的な気持ちになり、視線を上げおやしおを睨みつける。彼はただ笑うだけだ。
「僕はどうしようもない男なんだよ。両手で人類を救ってやることもできないし、愛で周りのみんなを包んでやることもできない。まず第一に、そんなことをする気もないしね。僕が考えているのは君だけ、君のことだけ、君という潜水艦があればそれだけ。それで充分、世界は満ちるんだ」
 はたして人魚姫は一時でも王子様に愛されたか?くろしおは突飛もなくそんな疑問に囚われた。戦場の深海とは違う平安な碧の世界。深紫と翠玉色の刺繍で描かれた姫君の煌めく鱗。散りばめられた華蘚貝や夜光貝の挿絵。そうした美しさに彩られた絵本は過去の遺産と化した。くろしおが今思い出せるのは、彼と毎夜交し合う浅ましい吐息の温度だけだった。
「……正確には」と一瞬の沈黙の後、くろしおが言った。「代艦はどの艦に対しても作られるものだし、精密機械で波被りの潜水艦なんてね、バンバン消費つくしてナンボなのさ。外に出ておおしおにさっさと謝ろうよ。風が気持ちいいから、ピクニックにでも行こう」
 おやしおとくろしおは、湿った森の葉がささめきあう様子を窓越しに見やった。射していた淡い日を雲が遮り、青葉が優しく揺られる音を聞いた時、二人はそっと互いに顔を寄せた。唇と唇とが優しく触れあう。
「星だよ」
 しばらくの沈黙の中、おやしおの何か言いたげな目線に、くろしおはとっくに忘れたと思っていたあの暗号で答えた。そして苛立ったように声を荒げる。「それで君はどう思ってるのさ」
 彼はにっこり笑って朗々と言ってのけた。
「夜明けの一等星だよ」

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