毎夜の話

9月12日 夜

 報告書を書けと言われたので書いてみる。どうやらそこまで堅苦しくなく短くていいとのことらしい。というのも、艦長に普段お前らは任務時以外には何をやっているんだと聞かれ、いやあ自転車をこいだり、野球を見に行ったり、映画を観たり、映画ってもあれですよやらしいやつじゃないです大体は、時たま夜に見に行くときもあるけどやばくないやつやばくないやつ、大体あまり夜に映画館に行くと捕まっちゃうのでそこはどうにかしてますね、いやでも本当にいやらしくはないですよ、などとくどくどと話していたらどうやらぼくら潜水艦は素行を疑われてしまったらしい。戦後初の海自潜水艦くろしお率いる潜水艦(艦霊)部隊は何をやっているんだか、我が艦長はおおいにご興味があるということで、今回ぼくが代表者として筆を取ることになった。

 ということで今日書いてみること、それは今朝に判明したやばいことだ。どうやらおやしおは文字がほとんど書けないらしい。というのもぼくが彼に文字の書き方を教えていないからだ。ぼくがこの国に来た時にぼくは自主的に文字を覚えたけれど、それと同時におやしおに文字の書き方を教える機会を逃してしまった。なのでおやしおは覚える機会はなかったし、今から覚える気もあまりないらしい。いやそれはまずいだろう、とそう思い、その反省をふま

「くろ~!ぼくの靴下を見なかった!?」

「いや見てないよ!いい加減、靴下の場所くらい自分で把握してくれ、おやしお」

「わかった、ちーに聞いてみる……」

 おやしおは片方の靴下を手に持ち、しゅんとした様子で去っていった。人が文字を書いているにもかかわらず平気で話しかけてくるあたり、礼儀を教える機会もあまりなかったということだろうか。ぼくはおやしおの大きな背中を見あげる。彼は片方の靴下をゆるく振り回し部屋のドアの向こうに消えていった。

 潜水艦おやしおは、ある日いきなり大きくなった。ぼくの絵本の読み上げを聞きご就寝した時は五歳くらいの見た目だったのに、起きたら全裸の一八歳ほどの青年になっていて、「あ、くろ、おはよ」と声変わりのした声で呟いたあとにごほごほと咳き込んだ。なんかくろ、小さくなってない、なんて言っているおやしお青年を目の前にして、「いやお前は誰だよ」とぼくは思わず突っ込んでしまったが、同時にこの青年はおやしおなんだろうな、ということも薄々察していたのだった。艦霊の成長なんて得てしてそんなものだ。特におやしおは戦後初の国産潜水艦であり初期は欠陥も多かったから、余計に成長が変則的だったのだろう。

 成長してからのおやしおは、それこそ何をやっているのだかぼくにはわからない。多分ぼく以外とも遊べるようになって、自転車をこいだり、野球を見に行ったり、映画を見たり、映画といってもあれなんだけど、やらしいやつじゃないといいんだが、まあいろいろなことをしているんだろう。そこまで干渉する気はない。彼も立派な一隻の潜水艦なんだ。人間で言えば成人に近い。

 報告書をまとめていると、部屋のドアの向こうから嬉しそうな顔をしたおやしおがやってきた。手には両足分が揃った靴下がある。

「ちはやが見つけてくれたの?」

「ううん。ちーの部屋にあった」

「なんでだよ……」

 報告書を睨み上の空でそう言うぼくをじっとみつめながら、靴下を履き終わったおやしおはぼくに言った。

「もう一緒に寝ようよ」

「いや一人で寝ろよ」

「昔は一緒に寝てたじゃん」

「今はもう寝ない。もう立派な一隻の潜水艦なんだから。人間で言えば成人に近いの」

「狭い部屋で一緒に寝てるんだから布団が近かろうが遠かろうが変わらなくない?」

「いや今ぼくは報告書を書いてるから。これはぼくら潜水艦部隊の名誉に関わることだから」

「それが終わったら一緒に寝ようよ。そのまま良いことしようよ。それも含めて明日の朝に報告書に書けばいいじゃん」

「今さ、報告書を書くって話なんだよ。艦長に報告書を書けって言われたから、ぼくが報告書を書いてるって話なの。一日になにがあったかを書いているって話なんだ。上への報告書はあくまで短くて品行方正なんだよ。そんな狂った展開はいらないんだよ」

「いいじゃん別に、そもそもぼくらは報告をするようなことないし。だらだらと海に行ったり東映の映画を見てるだけでしょ?」

「やらしい映画は観てないだろうな」

「え?」

「え?」

「わかった、絵本を読んでくれない?」

「わかった!絵本だけでさっさと寝てくれよ?」

「ちょっとならくろに触っていい」

「ぼくらの思い出に対する冒涜だろ……」

「毎夜の思い出?」

「毎夜の絵本の朗読の思い出な。変な言い方をやめろ」

「じゃあそれでいいよ」

 とおやしおは一方的に言い、部屋の電灯を消した。絵本の朗読はどうするんだよ、というか絵本は今どこにあるんだよ、というかお前絵本がどっかにいったってこの前に言ってただろ、と暗闇で叫んだぼくを後ろから抱え、おやしおが冷静に「そらんじてくれればいいよ」と言った。ああそっか、はるか沖合に出ますと、水は一番うつくしい矢車草の花びらのように青く、なんだっけ、あとは思い出せない。