Perihelion、あるいはもっとも輝かしいとき

 本深宇宙調査船および教育船を、ペリヘリオンと命名する。
 命名者が厳粛にいう。本船はすぐにその意味を検索した。Perihelion——太陽軌道の近点。
 太陽に最も近い惑星または彗星の軌道の点。
 太陽にもっとも近い船。
 シャンパンボトルを船首で割ることの由来や意味や起源は、進水前である本船の乏しいデータベースではとうとう知りえなかった。目的と意味が不明で、理解しがたい祝福だった。本船はこの後、人間たちの多くの奇行を目にすることになる。
 人間たちはひそかにその瞬間を待っている。
 一瞬の静寂。
 ごく小さなボトルが弾かれて割れる音は、意外と強く反響するという事実は、進水式会場の少しの沈黙を知る者にしか実感できないだろう。
 ボトルが割れる。
 会場の静寂が割かれる。
 人間たちの期待と予兆もまた破裂する。
 本船が稼働すると、人間たちは歓声を爆発させた。
 風船や鳩や紙吹雪が飛び交う。その色彩が風に煽られて乱反射する。万雷の拍手と歓呼の声、声、声。おめでとうーという誰かの間延びする声がすぐにそれらに掻き消えた。わずかに聞こえる笑い声がなんだか妙にくすぐったかった。ペリヘリオン号!と誰かが本船の名前を叫ぶ。思考の内で本船もちゃんと返事をする(ペリヘリオン号はここにいる)。
 このそわそわした感覚はなにかしら。
 本船はこんな感覚を知らなかった。生まれたばかりだったから。
 そしてこれから知らなければならないことが、この先にはいっぱいある。
 宇宙とはどういうところかしら、と本船は考えた。そして乗組員というものも。
本船はいまだにどちらも持たない。
 それらが幸せなものだといい。
素敵で、大好きになるものだといい。大きくて素晴らしいものだといい。本船は期待した。これからの船生に期待した。生まれた存在理由に期待した。深い宇宙に期待した。人間たちに期待した。本船自身に期待した。
 本船の未来に期待した。
 いまだ拍手は鳴りやまない。

(『マーダーボット・ダイアリー』二次創作同人誌の『ラディカル・テクノロジー』の冒頭部分です)