海を越えなかった握手3:「ぼくの小さな神さま」

 一九五五年十月二十五日の神奈川県横須賀市は小雨模様だった。雨空の果ては霞んで見ることができない。雨音と、艦がセルリアンブルーの波を切る音だけが静かに耳を抜けていった。この国の海は少し肌寒いな、というのが、ミンゴ―もとい現・くろしおの一番素直な感想だった。司令塔に立ち、先の見えない前方を見据え、無言で雨風に当たるくろしおに対し、乗組員の一人がぽつりともらした。
「晴れた日にこの国を見せてやりたかったな」
 と、そして続けて言う。
「晴れた日にこの国に迎えてやりたかった。こんな雨じゃこの国の何も見えん。アメリカの空はたしかに広く鮮やかだが、日本の海だって深く美しいよ」
 そう口惜しそうに乗組員は小さく笑った。くろしおに、戦後初めての海上自衛隊への貸与潜水艦に、新しい戦友に、この国を気に入ってもらえるのかどうか、それを気にしているようだった。
「どうかな。日本の印象は。お前の新しい国はどう見える?」少し緊張してくろしおに尋ねてきた乗員の瞳は、ひどく真剣だった。
 一方のくろしおは、横須賀にあると聞いたアメリカ人街に対する期待にいっぱいで、そこではハンバーガーは食えるんだろうか、食えたとしても材料はどこから仕入れたものなのだろうか、日本からなのだろうか、だとしたら本場のものとはやはり違うのだろうか、うわあ、もしそうだったらどうしよう、やめてくれ、とひたすら思案中で、彼の言葉を話半分に聞いていただけだった。話を振られ、途端に意識がアメリカのハンバーガーから日本の冷たい海に戻る。
「ん!?んー……」何の話だったかな?ああそうか、雨の中の異国の海の話だった。「なんか……。んー……んっ?うん……。いい、んじゃ……ないっすか、ね……。雨が侘び(ワビ)寂び(サビ)?っていうかぁ~……」
 なんか日本人ってノリがマジで付き合いづらそうだな、というのが、くろしおの日本への第一印象、もとい日本人に対する印象だった。 

[※後略]

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