艦船の一覧

※試行です。作りかけです。

ふねと、その擬人化の説明のページです。

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インデックス

艦船一覧

天洋丸

地洋丸

春洋丸

浅間丸

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◆関連「大脱走

 日本郵船のサンフランシスコ航路の客船。太平洋の女王として名高い。1928年進水。本邦の設計技術も発達しつつあった中、いわゆる欧式の内装であったために一部から批判を呼び「国辱船」論争にまで発展した。
 就航後は日米を結ぶ。香港での座礁、イギリスによる臨検が問題となった浅間丸事件を経て太平洋戦争を迎えた。1941年海軍に徴傭される。1944年被雷により戦没。
 同社の大型客船として貨客船の時代を支えた花形の船であった。

△おしとやかな令嬢。お嬢さま。輸送船時代には若干たくましくなり、若干酒乱気味である。

龍田丸

秩父丸/鎌倉丸

氷川丸

日枝丸

平安丸

新田丸/冲鷹

八幡丸/雲鷹

春日丸/大鷹

橿原丸/隼鷹

出雲丸/飛鷹

あるぜんちな丸/海鷹

ぶら志゛る丸/ぶらじる丸

シャルンホルスト/神鷹

清澄丸

金剛丸

報国丸

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 大阪商船・アフリカ航路用の船として設計された報国丸級貨客船の一番船。大阪商船の船は行き先を名前に取ることが多かったが、本船は当時の時勢らしい名前となっている。1939年進水。優秀船舶建造助成施設による助成を受けている。
 遠航回数も多くないまま対外情勢の悪化により大連航路へと移る。1941年徴傭。改装され特設巡洋艦となる。南太平洋・インド洋にて通商破壊を行ったが、戦闘中に被弾、戦没した。

△苦労性気味の長兄。特設巡洋艦として竣工した弟(元妹)には振り回されがち。品が良いお坊ちゃまだが、時々大阪弁で汚く悪態をついているさまが見受けられる。

愛国丸

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護国丸

黒龍丸

鴨緑丸

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◆関連「春のまひる

 大阪商船の大連航路(日満連絡船)用の黒龍丸級貨客船2番船。1937年4月27日進水。進水式の予定時刻より4時間早くに勝手に滑り出し進水してしまうというトラブルがあった。大阪商船の社長は「母体を出るのが待ち切れずお産が早かったのだからお目出度いことではないか」と長崎造船所を許したとのこと。和辻春樹設計によるスマートな船体と瀟洒な内装が評判だった。

 1943年ほどまでは貨客船として航路にあった。1944年12月、陸軍の輸送船としてマニラへ貨物と将兵を輸送。復路にて付近の日本民間人・遭難船員・捕虜らを乗せて航行中に航空機による爆撃にあい、戦没。鴨緑丸の旅客の定員は約800人であったが復路時には3500人を乗せていた。鴨緑丸に過密状態で乗っていた捕虜はこの爆撃と、その後日本へ行くまでの道行、日本の収容所での劣悪な環境や虐待などで多数死亡したため、鴨緑丸の名は「地獄船」(劣悪な環境下にある輸送船)の代表格として知られている。

△末っ子気質(大連航路に実際に就航した最終船型であり2番船)。好奇心旺盛で騒がしいが憎めない。うつくしい黒髪と黒目が印象的。趣味道楽が楽器演奏。

三池丸

安芸丸

阿波丸

まにら丸

赤城丸

粟田丸

能代丸

浄宝縷丸

ばいかる丸

橘丸

香取丸

帝洋丸

せりあ丸

りおで志”ゃねろ丸

興安丸

濱江丸

コンテ・ヴェルデ

オプテンノール/天応丸/第二氷川丸

第二十三日東丸,
三笠

矢矧(初代)

金剛

比叡

榛名

霧島

扶桑

山城

伊勢

日向

長門

陸奥

大和

武蔵

鳳翔

龍驤

赤城

加賀

土佐

飛龍

蒼龍

翔鶴

瑞鶴

祥鳳

高雄

愛宕

占守

御蔵

千振

明石

間宮

宗谷


あきつ丸

神州丸

摩耶丸

玉津丸

吉備津丸


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