1-1艦船/艦船擬人化


  • 「大脱走」の覚え書き(解説など)

    大脱走」は歴史と歴史の合い間の時代で当時の情勢が分かりづらく、また不親切な設計の漫画なので、解説をつくりたいと思っていました。

     解説の単独記事も作る予定ですが、とりあえずこのページに走り書きをしておこうと思います。

     ※随時追加します。随時24(てがろぐ)などで更新告知をする予定です。

    • 番外編「ゲイシャ・ボーイ」を描いた理由。
      • 『二引の旗のもとに』等に占領軍の海運会社への政策ヤバヤバだったよ~♪とよく書かれているけど、有吉義弥氏の本を読むとヤバとヤバの間にも日米間のやり合いや交流、思いやりがあったという事が分かる。
        • 占領下の海運は厳しかった、という「被害」的な面しか触れられなかったきらいがあるため、それに少し触れてみたかったので描いた。
    • 番外編「解纜遠し」を描いた理由。
      • 日本郵船の元社長の宮岡公夫氏の逸話に触れたかった。響乗組員の時に病院船氷川丸に招待され、ご馳走になったことが、御社の入社を志した要因にもなったとのこと。
        • このような逸話は無数にあったのだろう。「解纜遠し」のあの主人公は氏かもしれないし、その隣にいた誰かかも知れない……と設定して描いた。
          • ちなみに「駆逐艦が客船に化けた話」(『七十の手習ひ』)は宮岡氏が、燃料の補給ついでに病院船氷川丸の夕食の招待を受けた感激が忘れられずに、戦後の日本郵船で客船事業を開くことに邁進し、クリスタル・ハーモニー(のちの日本郵船の客船の飛鳥Ⅱ)の解纜に至るまでの話。美しい。
    • 特設艦船」=民間船(貨客船・貨物船や漁船など)を徴用して海軍所属の艦船にしたもの。
      • 「大脱走」第3話に出てきた新田丸級貨客船(新田丸・八幡丸・春日丸)は海軍に徴用・買収されて最終的には大鷹型航空母艦(大鷹=元春日丸・雲鷹=元八幡丸・冲鷹=元新田丸)となった。春日丸は貨客船としての航路に就航することなく航空母艦になった。改造順の関係で大鷹がネームシップとなった。
        • 日本郵船さんは「春日丸」と呼び、海軍さんは「大鷹」と呼ぶ。
      • 浅間丸も徴用船となったが、彼女にも航空母艦への改造計画が存在した(未成)。
      • 「大脱走」第2話で大阪商船がふれている「ごっつい船」はあるぜんちな丸のこと。航空母艦海鷹となる。
        • 特設航空母艦・航空母艦以外にも艦種は多岐にわたる。
    • 第2話で大阪商船が言及する「優秀船舶建造助成施設
      • 戦時体制で日本政府の行った、船の建造に対する経済的な助成のこと。
        • 建造の補助金の助成を受ける代わりに、戦争有事の際に徴用・改造しやすい設計の船舶が多く造られた。
    • 第2話で日本郵船が頭を抱えて見ているのは橿原丸(のちの航空母艦隼鷹)の概要書。
      • 建造の助成が入るとはいえ、それは必ずしも作りたい・必要な船ばかりではなかった。客船としての採算を考えると日本郵船は必ずしも橿原丸を必要としていなかったようだ。

    こうして見ると、大鷹(春日丸)・雲鷹(八幡丸)・冲鷹(新田丸)・海鷹(あるぜんちな丸)は特に小さく見える。

    • 今更だけどそもそも「海軍」と「海運」
      • 「海軍」軍隊。陸じゃない方。ここでは日本国の日本海軍。大日本帝国海軍とも称した。
        • 主要な戦闘艦…軍艦(戦艦・航空母艦・巡洋艦など…)や艦艇(潜水艦・駆逐艦…)、民間船を改造・改装して造られた特設艦船(特設航空母艦・特設巡洋艦・特設病院船・特設監視艇…)を運用した。(若干だが雑役船もあった。)
      • 「海運」軍隊とは(基本)関係ないところで船を動かしている人たち。海上において、旅客や貨物輸送をして商いをしている人びとのこと。
        • 商船…貨客船・貨物船はこちらに該当する。現在のクルーズ船なども海運の事業。当時は物…絹や手紙を運んだり、旅・移民を往来させた。
          • 戦時には「船が足りない!!」ということで、国や軍隊(兵士を外国へ運ぶ陸軍も含む)に徴用されることになってしまった。
            • 徴用されて沈んでしまった、沈んだのに国が補償をしてくれなかった……というのが4話
    • 同じく「軍人」と「軍属」
      • 「軍人」ここでは日本陸海軍の軍人(徴集された兵や武官)。
        • 大佐とか兵士とかのいつものやつ。鉄砲とか持ってる人たち。
      • 「軍属」上記以外で軍隊に属していたいろいろな人びと。
        • 「大脱走」では、兵士や軍物資を運ぶために船を運航した等の軍属たち、徴用された船員を扱った。
          • これも参考に:戦没した船と海員の資料館(神戸市)
    • 五等軍属」(4話より)
      • 戦場という場において、軍属はとかく劣等視され、輸送順位などにおいて「軍人、軍馬、軍犬、軍鳩、軍属」と揶揄された。
        • 「総員退去を令したる後は全く混乱し折角無事泛水せしめたる救命艇を転覆あるいは焼失せしめ、或いは利己に徹する少数の兵隊は逸早く乗艇逃避し、或いは生存船員が必死の救助作業に当たれる際一下士官の如きは船員を叩き殺せ、兵隊が1名助かると暴言をなせり。或いは船首楼を身を以て脱出し火傷のため目の見えぬ船員が同僚より与えられたる浮流物に縋れるを暴力を以てこれを奪い、同船員を遂に死に至らしめられる兵あり。」(『日本商船隊戦時遭難史』)という記録もある。
  • 海のダイアローグ「宇品」

     だいたいね、海というものに希望や未来みたいなのを見るのが嫌いなんです。とてもむしゃくしゃするんです。なんかの観念のはなしをされているような気もちになるんです。言葉のうえのあやのよう、頭のなかで屁理屈をこねくってまわしているようにしか思えないんです。
     幸せって言葉にする必要がないでしょ、だって感覚的なものだものね、ふわふわした綿あめのように膨れていて、中身がないようなものだものね。ものごとってのは、詳細に語れば語るほど重みと具体性がましてくるんです。わたしは重みと具体性のあるものを幸せとは呼ばないようにしてます。海は綺麗なもの、という言葉に込められた単純さと馬鹿っぽさと軽々しさ。ねえあなた、ほんとうに海というものをみたことある?そう、ならわたしと海のはなしをしましょうよ。
     おおきな船だなあ、って思ったのを憶えてます。貨客船って中がこまごまとしてて綺麗だっていうひともいるでしょ、あんなの嘘っぱちで、船がいちばん美しく見えるのは、仰ぎ見たときです。仰ぎ見るといってもすこしとおくから。はなれたところで見ると、ちょっとだけふねが斜めになっていて、ちょうどこう、淑女が首をかしげているみたいで……。ははあ、これに男たちはまいってしまうんだなぁ、と思ったのを憶えてます。とてもとてもきれいな船で……。名前が思い出せなくて、まいっちゃって。どうしても憶えていたかったのだけど、やっぱりむりでした。
     記憶も弔いの一つだけれど、美化と風化がかかっていくって意味では、そのことを憶えてることって、やっぱりできっこない。
     じゃあ忘れたほうがいいのかしら、って思います。あのね、故人の顔が残ってる写真より美しく思いだせるのって、その人に対する冒涜なんじゃないかしら、ってわたしは思っちゃうんです。その人そのものを掴めてるわけじゃ、ないですものね。じゃあじゃあ、じゃあ忘れないようにがんばってみようかしらね、とも思います。でもそんなの、ぜったいむりなんですよね。記憶には限りってものがあるからしかたない。それでこうやってみんな綿あめになるんです。中身がなくなってっちゃうんです。どんどん細部がしゃべれなくなっちゃって、単純で馬鹿っぽい幸せになっていきます。幸せだったもの、そんなものに。あのね、わたし、もうそのふねが綺麗だったことしか思い出せないんです。綺麗で素敵で、人間たちの幸せのかたちをしたふねとしか記憶してないんです。あなたは、死者を冒涜することをおそれてない?じゃあ、わたしはもうすこし海の話をしましょうか。
     わたしは、兵隊たちが船に乗るのをみるのがすきでした。わいわいしてて……静かなときよりおもしろかった。それだけのはなしなんですけれど……。往くさきはどこだか知っているけれど、あなたのいう「海は綺麗」といっしょで、わたしには怖い戦争でした。怖い戦争に往くのです。かれらは。船に乗って。わいわいと、無邪気に。
     ふねはねえ……。美しい淑女だっだ船はいま迷彩の色に化粧されてました。白じゃ海のうえで目立ちますものね。それにしまりがわるい。あんたね、戦争に必要なのは女じゃなくて男なんですよ、と言われたのをわたしは覚えてます。だって思わず言っちゃったんです、こんなに綺麗な淑女たちがもったいないわねえ、って……。戦争に必要なのは、おしろいではなく迷彩で……女でなくて男で……。一隻のうるわしき女性なんかなくて、そんなものどうでもいいから、名前なんていちいち覚えてなくっていいから、いっぱいの船をあつめてあつめて、戦場に引っ張ってかなきゃなんない。たくさんの船を。たくさんの男たちを乗せて……。
     ここにきた船は、まず牡蠣をおとさないとならないんです。船底にいっぱいついてて、速さが出なくなっちゃうんですよね。いっぱいの牡蠣殻をおとしてやりながら、ああ……この子たちはこんなによごれをつけて、こんなにいままでの海でがんばってやってきたんだなあ、って……思っちゃって。感じいっちゃって。船をきれいに仕上げながら……きれいな船に仕上げて、どこにいくのかっていうとやっぱり戦場なんです。男が必要とされている場所。おしろいではなく。たぶんそこで死んじゃうんです。みんな海で死んじゃうんだろうなあ、と思いながらひたすら、ずうっと落としてあげて……。
     船って、沈んじゃうということばと死んじゃうということばを、きちんと使いわけるんですよね。びっくりしました。「ぼくも沈んじゃうのかなあ……」って言ってたのを憶えてます。名前は忘れちゃったけど、ある子が。わたしには、それが「死んじゃう」としか思えなかった。でもね、沈んじゃうとこんどは漁礁の船生のはじまりですから。死んじゃうはただの綿あめだから……「だからさみしくないよ」っていってました。生きていた物質的証拠がね……。あるんだよ、ってね。それはすてきなことなんだよーって……。……なまえはねえ、なんだったかなあ……。記憶がね、みんな迷彩の灰色になっちゃって……。白黒に。おしろいの、やさしい白じゃありませんね。ほんとに、美しい船だったんですけど……美しかったはずの船です、そんなのです。
     返してくれませんか、とお願いされたこともあります。「わたしの娘を返してくださいよ、これでおまんま食べてるんですよ、生活してるんですよ」って……。「なによりも、ただ愛おしいんですよ、がんばってつくったんですよ、だから名前なんかつけてるんですよ、ただの道具にですよ」「輸送任務で沈められたかそうじゃないかもわからない夜は眠れないんですよ」「あなた、船の名前なんか気にしたことないでしょ」ありますとも、ただね、わたしはそれを覚えてられなかっただけなんです。ぜんぶ抱えきれなかっただけなんですよ。……わかってよ、っておもいました。傲慢だけど、思っちゃったんです。
     むしゃくしゃして言っちゃいました、「あのね、あなたは知らないだろうけど、わたしは覚えてます、三十年前を。信濃丸を。戦争に勝って誇らしかったでしょ、やりとげたと思ったんでしょ、これからもこうやってお国にご奉公しようと思ったんでしょ、だから、いまここにあなたの娘がいるんです」。牡蠣殻をいっぱいいっぱいおとしてるんです。戦争にいくために速さを上げてるんです、って……。……わたしには、船が死んじゃったとしか思えない……。……魚のすみかに、スキューバダイビングの遊び場になっているなんてね、もう船じゃない。だいたいね、戦没船なんて戦争の時に沈んじゃったんだね、って……そうやって、それだけで……。
     帰してやりたい、って思うときもありますよ、でもね、もう無理でしょ、もうあの船たちは船じゃないし、帰す場所もないし……。わたしにそんなこともできないし。太平洋ってどこですか?地図でしか知らない海なんです。シナだってじゅうぶん遠いんです。……魂だけでもね、あそこから離れてるといいなって思うんです。海の底から……離れてて。幸せがいっぱいで、美しかった記憶だけを抱えてどこか……空想の綺麗な海を旅して……ああ、ほらね、幸せなものになってしまった。綿あめに。これは冒涜なんです。パクパク食べて味わってるんです。死者のこと。悲しい顔して食べるとおいしいんです。
     ばんざいばんざーいって、いっぱいの小舟が軍隊の船をかこんで見送っててねえ、それを見て誇らしくなっちゃって、……たくさんの信濃丸を送ってやるんだって……思っちゃって。わたしは思っちゃって。思ってしまった。なにを言ってるんだからわからなくなっちゃった、そう、覚えてるわよって人をおどしましたけど、わたしは信濃丸のことが、誇らしかったことを覚えてます。人と一緒なんです。一緒に誇らしく思って……。だから、まるで裏切られちゃったと思ったのね。共犯者に。だってそうでしょ、わたしだけが送ったんじゃないもんね、私たちが一緒に送って……。いまさらなによ、なにを賢しらにしらばっくれてるのよってね、ええ……思っちゃって……。
     帰ってきた兵隊をみて、うん……地図でしか、……地図でしか知らなかったのよ、わたしねえ……だからね、だから知らなかったのよって、なにもわからなかったのよって、内航船の子って、どうやって大海原を横断したのか、聞いてみたかったのだけど。その時の気持ちを。海って広いなあって、思いのほか気持ちいいものね、素敵だもんねーって……。一回だけでもいいから、そう思っててくれたらいいって、思うんですけど。どうなのかわかんない。聞けなかったんです。わたしね、重さと具体性のあるものを幸せとは呼ばないけども、具体的なことを知ることも幸せだと思わないんですよ。怖い戦争は怖い戦争のままでよかったんです。あなたも海は綺麗だねってずうっと言っててください、知らなくていいこともあるもんね、そうね。海は、綺麗だものね。
     海のはなしをしたと思ったんですけど。船のはなしにね、なっちゃいました。いずれしても、どちらもおなじようなもんです。いまはわたしが持ってないもののはなしです。